インテルやカルチョに関する話題多め
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前回までで、クアレスマの持ついくつかの傾向の中でも、自分の目についた特性については、あらかた解説が終わりました。

今回からが、いよいよ大詰め。
クアレスマとカルチョとの邂逅、インテルでの挫折について語っていきたいと思います。

○期待のち失望

では早速、クアレスマがインテルで起用された時の布陣、
彼に課せられたタスクなどを見ながら解説をしていくことにしましょう。

クアレスマがインテルに加入したのは、モウリーニョが就任した直後。

当時のインテルは、ピッチをワイドに使う4-3-3の布陣を、まさに導入したばかり。
これをメインシステムとし、時に4-4-2(もしくは4-2-4)を使い分けで戦うのが、チームの基本スタイルとなっていました。

言わずもがな、クアレスマに与えられた役目はサイドの切り込み屋。

ポジションは4-4-2における右サイドのウイングハーフ、
または更にピッチ前方にせり出した形で配置される、4-3-3の右FWです。

特に後者は、こなすべき守備のタスクが大幅に軽減される上に、
タッチラインを背にした状態から中に切れ込むのも縦への突破も狙えるという、クアレスマにとって理想的なポジション。
クアレスマが加入した当時、誰もが

「ここからは自分たちの誰も思いつかなかったような、新しいインテルのフットボールが始まる・・・!」

と、期待に胸を踊らせたものでした。


・・・しかし。


結局、クアレスマは本当に限られたいくつかの試合を除き、
期待されたパフォーマンスをまったく見せることができないまま、イタリアでのキャリアを終える事になります。

それどころか、ベンチ、またはスタンドが自身の定位置になる(つまり完全なるスタメン落ち)直前の数試合では、
ジュゼッペ・メァッツァでインテル側のサポーターから、むしろ激しいブーイングを受ける始末だったのです。


期待の反動は大きかった。
イタリアでの、インテルでの挑戦は、彼にとって結局、キャリアを大きく後退させる一生の痛恨事になってしまったと言える。
フットボーラーとして、人生の最も輝ける時間のうち、2年間を棒に振った絶望・・・
クアレスマにとってもインテルにとっても、大きな、大きな不幸だった。


それもそのはず・・・

彼がインテルにもたらしたものと言えば、ドリブル突破を仕掛けては潰され、スペースへの走りこみの少なさからカウンターの好機を潰し、極めて効果の薄い(得点機への直結率が著しく低い)クロスボールをあげては相手にボールを献上し、スペースを潰してマイコンのオーバーラップを(結果的にながら)妨害してしまったり・・・
と、まさに悲惨極まることばかり。

いったい、何がどう狂って、このような事態が起こってしまったのでしょうか・・・?

これまで動画でも見ていただいてきたように、傑出したボールスキルを備えた、恐るべきタレントの持ち主である彼が・・・?

●カルチョの洗礼

これまで何度も申し上げてきました通り、カルチョ、ここでのイタリア・セリエAは、
守備戦術が突出して進化した・・・もはや崇拝されている、と言ってもよいリーグです。

組織的なプレッシング、リトリートによるスペースの消去は当たり前。
ダブルマークや、時にはそれ以上の人数で囲い込んでボールを奪取するシーンが、他のリーグに比較しても大幅に多いことが特徴として挙げられます。

また、戦術的な柔軟性、スカウティングの文化は、国家単位で根付いたものです。

特にクアレスマのように・・・並のDFが1vs1で勝負をしかけられては、まず勝ち目のない怪物級のドリブラー相手に対しては、
徹底したスカウティングを行い、対応策を練ってきます。

これが、効果てき面でした。

どのチームも、クアレスマ相手には、決してDF(主としてサイドバック)一人で当たるような真似はしません。

中盤の底に位置するインコントリスタ(守備的MF)が、時にはインクルソーレ(攻撃的インサイドハーフ)が深い位置にまで下がって、ダブルマークで挟みこんでしまうことが主流の対処法となりました。

約2年前、クアレスマがインテルにやってきた後・・・彼が幾度この形でボールを失ったことか。
自分には、数えきれません。

また、仮にそうした複数マークの包囲網が敷かれていなくとも、
その場合は徹底してクアレスマの長所を生かせないよう、洗練された戦術がクアレスマを迎え撃ちます。

例えばサイドバックが徹底して縦方向への進行を拒むように守っていれば、クアレスマがカットインのドリブル、内へ切れ込むような突破を試みることは自然な成り行きです。

そこを待っていましたと言わんばかりに、CBが迎え撃つ・・・といった具合に、
彼らは巧みに自分たちの望む方へ、狙い通りのプレーへとクアレスマを誘導し、
ボールを奪い去ってカウンターへ繋げるか、中途半端なクロスをあげさせてインテルの攻撃が途切れてしまうよう仕向けたのです。


カルチョという『底なし沼』から、最後まで抜け出すことのできなかったクアレスマ。
その守備は執拗にして粘着質で、彼の華麗なボールさばきは徐々に鳴りを潜めていく。
最後に残ったのは、無謀にも突破を試みては失敗を繰り返す、“12人目の敵プレイヤー”という、屈辱的な評価だけだった。


▽クアレスマの限界

こうした守備包囲網の洗礼は、決してクアレスマに限ったことではありません。

かつてセリエAにやってきたすべてのFW、ウイングハーフに対しても行われていたことであり、
この徹底した対応によってピッチ内で違いを作り出せず、カルチョを去った選手は星の数ほどいました。

他方、こうした守備網を見事に掻い潜り、
一時代を築き上げた選手たちがいたことも、私たちはまた知っています。

何故、彼らにはそれができて、クアレスマにはできなかったのでしょうか・・・?


本当の意味での正答は、当事者以外には永遠にわからないこととは思いますが・・・

白面式解析で語るとすれば、理由は大きくふたつあります。


ひとつはこれまで解説してきた通り、リカルド・クアレスマという選手が、強力ではあるものの、一面では非常に偏った特性を有する選手であったこと。

ふためには、より大きな原因として・・・
クアレスマという選手の引き出しの少なさ、プレーの選択肢の幅が極端に少なかったことが挙げられます。

例えば・・・彼の最大の武器である、ドリブル突破にそれは明らかです。

ドリブルとはつまり、相手選手の間に存在するスペースを、ボールで縫うように進む行為なわけですが・・・
相手選手と選手の間隔が短く、小さくなればなるほど、必然的に突破は難しくなります。

当然、先に申し上げたようなダブルマーク、複数方向からのプレッシングをかけられた場合、単独突破を仕掛けることは、およそ得策ではありません。

高確率で押し囲まれ、侵入可能なスペースを消去され、ボールを奪われてしまうのがおちです。

言わんや、カルチョにおいてや。


ボールを相手に奪われるや否や、ほとんどの選手が素早く帰陣し、
徹底したリトリートでヴァイタルエリア、DFライン背後のスペースも埋めてくるこの国では、その難易度は飛躍的に跳ね上がります。

DFが順々に迫ってくるようなシチュエーションならいざ知らず、文字通りの1vs2、1vs3という場面でのドリブル突破を余儀なくされれば、いくらクアレスマと言えど、絡め捕られてしまうことは自明の理。

増してや、相手がクアレスマのフェイントの種類から足の動かし方の癖まで(!)研究してくるような国では、なおさら突破は難しいのです。


こうした状況を受け・・・と言うよりも、こうした包囲網体制が本格化する前に、
モウリーニョがなんとも示唆的なコメントを残しています。

クアレスマがセリエAデビューを飾った、2008年のカターニァ戦後、

クアレスマは傑出したタレントの持ち主だが、これだけ高度に戦術化されたリーグでは、いつでもドリブルで勝利できるわけではない。
もっと周囲の味方と連動して、ワンツーパスを使うなどして相手の守備網を崩すようにしなければ・・・


といった内容のコメントを発していたはずです。

今回は元のログを見つけることはできませんでしたが、当時の不吉な予感と共に・・・
今持ってそれは強烈に、自分の記憶にこびり付いています。


しかし結局、前回も申し上げました通り、
クアレスマは最後まで、そうした

『周囲との連携、連動を使って守備網を突破する』

術を身につけることができませんでした。

一応、擁護をしておくと・・・
毎日真面目に練習にも取り組み、なんとかそうしたことをやろうと試みてはいたようです。
監督、コーチ陣の言うことを実現しようと、形にしようと努力はしている様子は、何度か発せられたモウリーニョのコメントからも伝わってきました。

それでも、結局最後まで出番がなく、実質的に干されたままチームを去ることになってしまったのは、
リカルド・クアレスマという選手の、フットボーラーとして限界が露呈された出来事だったように思えます。


誤解のないように言っておくと、クアレスマは少なくとも『プロフェッショナル』だった。
アドリアーノやバロテッリのように、ピッチ外で問題を起こすようなことはなく、真剣に現実と向き合い、戦おうとはしていた。
しかし・・・最後まで目の前の困難を打開するための武器を、パーソナリティを手にすることはできなかったのである。



むぅ・・・なんだかだんだん、暗い空気になってきてしまっておりますが(汗)

更に追い打ちをかけるようで申し訳ないのですが、今回の話は最も大きな問題点、突出して目についた点を挙げているだけで、
実際にはより複雑な、いくつもの問題が絡み合った結果なのは言うまでもありません。

そこら辺のちょっとした解説・・・例えばインテル側の問題なんかと、後はムンタリ同様、
「ではどうすれば、うまくいく可能性があったのか?」
については、次回にお話ししたいと思います。


非常に気になる選手の一人として追ってきていただけに、こんな形で再び彼と向きあうことになろうとは、ほんの数ヶ月前までは夢にも思っておりませんでしたが・・・

日本でこうして今更クアレスマについて触れてやれるのは、うちを含めて片手で数える程度かもしれません(_ _。)


それだけに、この企画・・・
最後まで責任を持って、納得のいく形で締めてあげたいのです。

形はなんであれ、遠く離れた極東のこの島国に、
これだけ貴方をしっかり見、理解しようとしていた変人もいたのですよ・・・

という、自己満足という名の記録が残るように。


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【2010/11/27 23:09】 | クァレスマ
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No title
じゅんや
インテルでのクアレスマは、ドリブルはこねくり回した挙句に取られるってイメージしかないですねw
たしか、インテルデビュー戦は、アウトサイドで蹴ったアーリークロスが、DFに当たって入ったのを覚えていますね。アウトサイドキッカーは、ドゥンガってイメージの方が強いですかね。
昨シーズンのフィオレンティーナ戦でしたかね。
唯一、クアレスマが大活躍した試合があったようななかったような。。。

>じゅんやさん
白面
カルチョのネガティブ・トランジションは、クアレスマの許容範囲を軽くオーバーして早かったということかと(哀)
守備陣形がいったん構築されてしまえば、単独での突破は事実上ほぼ不可能。
なのに球離れは悪いし、周囲との連携は下手だし・・・
と、何かとマイナスポイントばかりが強調される結果になってましたorz

はいそうです、ヴィオラ戦ですw
あの時だけはよかったのですが、その後やっぱり出番が与えられなかったんですよね・・・

当時はなんで出番やらないの?と口にしているインテリスタが増えるほど、好印象な試合だったと記憶しております。
ここら辺は次回、その理由を改めてここで触れてみるのも一興かと思ってます。
ようは守備をしないことが最大の理由なのでしょうが(泣)

No title
sini
>引き出しの少なさ・プレーの幅が極端に少ない

やっぱり、一番深刻だったのはそこかもしれませんね。。。同じドリブラーでもメッシやロッベンのように何をしてくるかがわからない選手だと、相手に与える脅威も違ってくるでしょうからね。。。

ただ、クアレスマがジョゼ政権一年目で加入し二年目を罵倒された状態で迎えるのではなく、入団の時期がジョゼ政権二年目であったらもしかしたらだいぶ違ったのでは? ということを時折思います。
ジョゼ政権一年目は、イブラヒモビッチやクルス、アドリアーノなど3トップではなかなか機能しにくいCFが軸となり、クアレスマのような純正ウインガーにはさぞ働きづらかっただろうということ。スナイデルのような攻守を繋ぐ役割を果たすチャンスメーカーが少なかったこと。当時はモウリーニョのチームらしいダイナミズムや攻守の切り替えの早さよりも、どちらかというとマンチーニ時代の遺産のほうが目につくチームだったこと、等々。
もし加入したのがミリートやスナイデルと同じ時期だったら、クアレスマを生かす場所ももっとあったんじゃないかなぁ、、、と思ったりします。かなり好意的に見ているのは否定しません。笑

おまけにレンタルで行ったチェルシーはクアレスマがやってくるのと同タイミングで呼び付けたスコラーリが解任される始末。悪いことは重なるなぁーなんて思いましたよ。

……そういえば昔バルサに行ったのも、過渡期で混沌としたどう転ぶかわからない頃のバルサでした。
そういう意味では、ひょっとしたらKYな選手だったのかなw(酷)


No title
junchang
選手に監督やチーム戦術を選択する権利がないため無駄な時期を過ごしてしまったのですね・・・・。
現在はトルコにいるんでしたっけ?
活躍してるのでしょうか?

リカルド・クアレスマか!
岩氏
こんばんわ!勝手にリンクさせてもらいました!
すいません(笑)

思い出したクアレスマ!
まさかここでこの名前に出会うとは(笑)

ポルト時代はすげー選手だなぁ・・・なんて思っていましたが、そういえばインテル行ってからパッタリでしたね。

イタリアは南米の選手は成功するってイメージがあります。自分の中では。
特にアルゼンチン選手。

彼らの独特なタイミングや、ストロークの短いドリブルが合うのでしょうかね?


それにしても今のタイミングでクアレスマの名前が取り上げられるとはコア過ぎます!さすが白面さんですな!(笑)

こういうDeepなの好きです。

コメントありがとうございます
白面
お返事が遅くなってしまいまして、誠に申し訳ございません;

>siniさん

自分の意見と多分にかぶる部分が多かったもので、勝手ながら次回、最終回で考察の方をご紹介させていただきました。
事後承諾ですみませんです;

KYというか、運はない選手と思いましたね・・・
Cロナウドのように、若くして異国の、それもまったく文化の異なるリーグへ渡るなどの経験があれば(スペインではほとんどそうした好影響はないでしょう・・・;)、また違った歩みもあったかもしれません。

10代のうちにインテルに来ていればなどと、あれこれ夢想してしまう・・・
非常にロマンティシズム(?)を感じさせる選手なことは確かでしょうw

>junchangさん

最終回で、ほんの少しだけ今の彼についても触れています。
チーム自体がまだまだ過渡期にあるようですが、クアレスマ自身はそれなりに機能している方・・・なのかな・・・?
リーグ戦よりもEL、国際舞台で活躍できているようです。

>岩氏さん

ご訪問ありがとうございます。
お返しとばかりに、うちの方でもリンクを貼らせていただきましたw
ご確認をばお願い致します。

むしろ近年のインテルに導入されているのは、南米選手のプラグマティズムな部分と思います。
ルシオ、マイコン、サネッティ、カンビアッソ・・・
皆超がつくほどストイックで、真面目なキャラばかりです。

徹底した現実主義的な部分、勝負にこだわる部分が主で、
プレースピード自体は、特にモウ時代には大幅に上がっている感がありますね。
今後は、どうなるのかはわかりませんが・・・

お褒めにあずかりまして恐縮ですw

よろしければ、最終回も見てやってください。
結構精魂尽き果てるまで、自分の愛を絞りつくして書いてみました(笑)

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この記事へのコメント
No title
インテルでのクアレスマは、ドリブルはこねくり回した挙句に取られるってイメージしかないですねw
たしか、インテルデビュー戦は、アウトサイドで蹴ったアーリークロスが、DFに当たって入ったのを覚えていますね。アウトサイドキッカーは、ドゥンガってイメージの方が強いですかね。
昨シーズンのフィオレンティーナ戦でしたかね。
唯一、クアレスマが大活躍した試合があったようななかったような。。。
2010/11/28(Sun) 06:53 | URL  | じゅんや #-[ 編集]
>じゅんやさん
カルチョのネガティブ・トランジションは、クアレスマの許容範囲を軽くオーバーして早かったということかと(哀)
守備陣形がいったん構築されてしまえば、単独での突破は事実上ほぼ不可能。
なのに球離れは悪いし、周囲との連携は下手だし・・・
と、何かとマイナスポイントばかりが強調される結果になってましたorz

はいそうです、ヴィオラ戦ですw
あの時だけはよかったのですが、その後やっぱり出番が与えられなかったんですよね・・・

当時はなんで出番やらないの?と口にしているインテリスタが増えるほど、好印象な試合だったと記憶しております。
ここら辺は次回、その理由を改めてここで触れてみるのも一興かと思ってます。
ようは守備をしないことが最大の理由なのでしょうが(泣)
2010/11/28(Sun) 08:04 | URL  | 白面 #kMr7ovrQ[ 編集]
No title
>引き出しの少なさ・プレーの幅が極端に少ない

やっぱり、一番深刻だったのはそこかもしれませんね。。。同じドリブラーでもメッシやロッベンのように何をしてくるかがわからない選手だと、相手に与える脅威も違ってくるでしょうからね。。。

ただ、クアレスマがジョゼ政権一年目で加入し二年目を罵倒された状態で迎えるのではなく、入団の時期がジョゼ政権二年目であったらもしかしたらだいぶ違ったのでは? ということを時折思います。
ジョゼ政権一年目は、イブラヒモビッチやクルス、アドリアーノなど3トップではなかなか機能しにくいCFが軸となり、クアレスマのような純正ウインガーにはさぞ働きづらかっただろうということ。スナイデルのような攻守を繋ぐ役割を果たすチャンスメーカーが少なかったこと。当時はモウリーニョのチームらしいダイナミズムや攻守の切り替えの早さよりも、どちらかというとマンチーニ時代の遺産のほうが目につくチームだったこと、等々。
もし加入したのがミリートやスナイデルと同じ時期だったら、クアレスマを生かす場所ももっとあったんじゃないかなぁ、、、と思ったりします。かなり好意的に見ているのは否定しません。笑

おまけにレンタルで行ったチェルシーはクアレスマがやってくるのと同タイミングで呼び付けたスコラーリが解任される始末。悪いことは重なるなぁーなんて思いましたよ。

……そういえば昔バルサに行ったのも、過渡期で混沌としたどう転ぶかわからない頃のバルサでした。
そういう意味では、ひょっとしたらKYな選手だったのかなw(酷)
2010/11/28(Sun) 13:17 | URL  | sini #-[ 編集]
No title
選手に監督やチーム戦術を選択する権利がないため無駄な時期を過ごしてしまったのですね・・・・。
現在はトルコにいるんでしたっけ?
活躍してるのでしょうか?
2010/11/28(Sun) 14:59 | URL  | junchang #-[ 編集]
リカルド・クアレスマか!
こんばんわ!勝手にリンクさせてもらいました!
すいません(笑)

思い出したクアレスマ!
まさかここでこの名前に出会うとは(笑)

ポルト時代はすげー選手だなぁ・・・なんて思っていましたが、そういえばインテル行ってからパッタリでしたね。

イタリアは南米の選手は成功するってイメージがあります。自分の中では。
特にアルゼンチン選手。

彼らの独特なタイミングや、ストロークの短いドリブルが合うのでしょうかね?


それにしても今のタイミングでクアレスマの名前が取り上げられるとはコア過ぎます!さすが白面さんですな!(笑)

こういうDeepなの好きです。
2010/11/28(Sun) 18:32 | URL  | 岩氏 #-[ 編集]
コメントありがとうございます
お返事が遅くなってしまいまして、誠に申し訳ございません;

>siniさん

自分の意見と多分にかぶる部分が多かったもので、勝手ながら次回、最終回で考察の方をご紹介させていただきました。
事後承諾ですみませんです;

KYというか、運はない選手と思いましたね・・・
Cロナウドのように、若くして異国の、それもまったく文化の異なるリーグへ渡るなどの経験があれば(スペインではほとんどそうした好影響はないでしょう・・・;)、また違った歩みもあったかもしれません。

10代のうちにインテルに来ていればなどと、あれこれ夢想してしまう・・・
非常にロマンティシズム(?)を感じさせる選手なことは確かでしょうw

>junchangさん

最終回で、ほんの少しだけ今の彼についても触れています。
チーム自体がまだまだ過渡期にあるようですが、クアレスマ自身はそれなりに機能している方・・・なのかな・・・?
リーグ戦よりもEL、国際舞台で活躍できているようです。

>岩氏さん

ご訪問ありがとうございます。
お返しとばかりに、うちの方でもリンクを貼らせていただきましたw
ご確認をばお願い致します。

むしろ近年のインテルに導入されているのは、南米選手のプラグマティズムな部分と思います。
ルシオ、マイコン、サネッティ、カンビアッソ・・・
皆超がつくほどストイックで、真面目なキャラばかりです。

徹底した現実主義的な部分、勝負にこだわる部分が主で、
プレースピード自体は、特にモウ時代には大幅に上がっている感がありますね。
今後は、どうなるのかはわかりませんが・・・

お褒めにあずかりまして恐縮ですw

よろしければ、最終回も見てやってください。
結構精魂尽き果てるまで、自分の愛を絞りつくして書いてみました(笑)
2010/11/28(Sun) 23:23 | URL  | 白面 #kMr7ovrQ[ 編集]
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2010/11/30(Tue) 00:30 |   |  #[ 編集]
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