インテルやカルチョに関する話題多め
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※前回→『スペシャル・ワン』の仕事を引き継ぐということ

さて・・・

レオナルドの話をしよう。

齢四十路に入ってなお端正で甘いマスクと整ったスタイル、数カ国分の言葉を苦も無く使い分ける高い教養。
こうした彼の特性を、モウリーニョのそれとダブらせる方も当然いらっしゃるだろう。

だが、真に注目すべきは別のところにある。
その最たる部分は監督である以前に、“人間”としてのレオナルドが示す方向性に他ならない。


ここでは筆者が知る限りの、レオナルド新監督の経歴について、簡単にではあるがご紹介しておきたい。

なお執筆に当たっては、あえてwikipediaなどによる確認は取らないでおいた。
今回に限っては、その方が筆者が抱いてきた彼という人物についての感想が、ダイレクトに伝わると考えたからである。
細部に間違い等あっても、笑って許していただけると幸いだ。


△選手時代のレオナルド

あれは、20年・・・
否。16年前のことだったか。

彼と初めて出会ったのは、確かまだ中学生の頃のことだったと思う。

舞台は94年、W杯アメリカ大会。
レオナルドが史上初、4度目の優勝を果たしたブラジル代表のメンバーに選出されていた時のことだ。

しかし、その出会いは決してドラマティックな、サッカー少年がスーパープレイに憧れて・・・というものではなかった。

セレソンがイタリアと歴史に残る死闘を繰り広げたあの決勝戦、彼の姿はピッチのどこにもなかった。
彼は大会中、ある試合で一発レッドカードの提示と共に、複数の試合に出場停止を言い渡されていたのである。




個人的には今でも、少々厳しすぎる決定だったと感じているが、とにもかくにも処分は下されていた。
栄光あるセレソンに選ばれていながら、チームの勝利に何ら貢献できないという苦痛を味わったレオナルドは、失意の後に大会を終えることになる。

その後、筆者は思わぬ形でレオナルドと再会することになる。

引退すら考えた」という彼を絶望の淵から救ったのは、当時日本で仕事をしていたジーコだった。

このブラジルフットボールシーンの伝説的存在に導かれ、彼はJリーグの鹿島アントラーズに移籍。

その頃、ジーコの影響で鹿島ファンであった筆者は、驚きを持ってその入団を迎えた。
当時の日本、Jリーグには、ブラジル代表選手がやってくること自体は珍しいことではなかったのだが(いわゆるボスマン判決以前、欧州に外国人選手枠が厳しく存在していた時代である)、それにしても

「よりにもよって何故彼が?」

という思いが強かったからである。

加入当初こそ適応に苦労した彼だったが、後にやってくるセレソンの同僚ジョルジーニョ(筆者が考える、Jリーグにおける歴代最高選手の一人である)の助けなどもあって、じょじょにその本領を発揮。
95年には、後に伝説として語り継がれるスーパーゴールも残している。
※参考リンク→ こちら

こうして心身のコンディションを取り戻したレオナルドは、その後のキャリアをフランス(パリサンジェルマン)、そしてイタリアへと渡って過ごしていくことになる。

そのイタリア、ACミランでも見事にポテンシャルを発揮。

ここら辺はまったくイメージによるものなので、確かなことは言えないが・・・
おそらく歴代のスーパースターに比べると、彼のプレーの質自体は、さほど特別なものには映らなかったかもしれない(ここら辺は往年のミランファンに、是非聞いてみたいところである)。
しかし、ファンの心を掴む、チームのために働こうとする意志という点については、レオナルドは突出した存在だったはずだ。
彼の人柄を知っていれば、その後のミラニスタの彼に対する賛辞の数々を見れば、その点だけは筆者でも察することができる。

結局、彼はミラノで実に12年間、ロッソネロの一員としてボールを蹴り続けることになる。



やがて加齢による衰えから、母国ブラジルのクラブへ移籍する道を選んだレオナルドだったのが、退団の際に残した

例えバレージやマルディーニがいなくても、ミラン相手には戦えない

というコメントは、多くのミラニスタの心を震わせ、涙を誘う。
このエピソードは今なお、ファンの間で語り継がれる逸話である。

それが元になったからかどうかはわからないが、彼は現役引退直前の半シーズンを、再びミランで過ごすという栄誉を経験する。

プレーの面では、もうほとんど有効な存在にはなり得ない。
だが、彼がいてくれるだけで、ミラニスタたちは奇妙に満足だったのではないだろうか?

また、日々の真面目な練習態度、決して妥協しない生活態度など、チーム運営という点に関しても極めて有効に彼の存在は作用した。今でいうディヴィッド・ベッカムや、それこそキング・カズのように。

数々の貢献とサポーターの愛情、引退後のフロント入りを見据えた、ミランの粋な計らいであった。


それにしても、数奇な経歴を持つ選手である。

挫折と再生、奮起と栄光。間違いなくトップエリートの一人ではあるが、一方でどこか一筋縄ではいかない、起伏に富んだパーソナリティは、その歩みからも伺える気がする。


そしてその傾向は、スパイクを脱いだ後も変わることなく、むしろ色濃く発揮されていくことになる。


※続く→ レオナルド~野望のルーツ~(2)

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【2011/01/06 21:12】 | インテルなこと
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