インテルやカルチョに関する話題多め
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※→ (1)より続く

▼転機と決断、そして決別

現役引退後は、すべてのミラニスタに歓迎される形で、ロッソネロにフロント入りしたレオナルド。
長年ディレクターとして、ミランの重要なスタッフとして働いてきた。

このままいけば、後々には更に重要なポストに就く可能性もあったレオナルドだったが、ある出来事を境に彼の運命は急変する。

カルロ・アンチェロッティの退団――

この21世紀のミラン黄金期を象徴する監督の退任は、2006年に発覚したカルチョ・スキャンダルと世界的な不況による、ミランの財政状況悪化によってもたらされた。
一人の偉大な指揮官が築き上げた、栄光あるサイクルの終焉である。

そして、クラブが新たなサイクルの始まりに際して選んだ監督。
言うまでもなく、それがレオナルドだった。


この2009-2010シーズンは、バルセロナの新任監督ジョゼップ・グラルディオラがこの年、まさかの国内外3冠(後に6冠となる)を成し遂げ、

「これは安上がり、かつ実にいい方法だ。よし、ならば我らもそれに続け!」

とばかりに、クラブに深い縁のある新任監督に指揮を任せるチームが、世界的に急増したシーズンでもあった。
(ちなみにユヴェントスの指揮を任された、チロ・フェラーラもその一人である)

レオナルドは、このオファーを断ることもできた。

だが彼は持ち前のクラブ愛とチャレンジ精神、ジーコやアンチェロッティといった恩師たちの後押しもあって、とうとうACミランの監督へと就任する。

トップチームを指揮した経験がないどころか、ユースチームを預かったことさえなかった男がロッソネロの指揮を執る。
およそ正気の沙汰ではない。

ましてやクラブは、この時過去数年の中で最悪に近い状態にあった。

大黒柱カカーを放出し、高齢化による運動量の衰えは顕著。
前年オーナーの肝入りで獲得したロナウジーニョは、いまだカルチョの水に馴染めず、輝きを取り戻せないでいた。
ファンの中には現チームの惨状を嘆き、かつての栄光を懐かしんで自宅でビデオやDVDを観賞し、慰みとする者も少なくなかったという。

誰もが、これを無謀な挑戦と捉えた。
ミランは滅びの道を歩み始めたのだと、多くの人が頭を垂れた。


しかし、少数の例外がいた。

誰であろう、レオナルドその人と選手たちである。


指揮官は、決して絶望も屈服もしなかった。
それどころか大方の予想を裏切って、一時はこのシーズンの優勝争いに加わることさえしてみせた。

新人監督として及第点以上のカンピオナート3位という見事な成績を残しただけでなく、特筆すべきは

4-2-ファンタジーア

とガッリアーニ副会長が称した、攻撃性に特化したシステムを打ち出したことだ。
この挑戦的な姿勢は、まったく瞠目に値する。

これはカルチョどころか、ACミランの歴史を紐解いても異彩を放つ、超攻撃的なフォーメーションである。

前線にロナウジーニョ、ボッリエッロ、パット、セードルフといった攻撃に特化した、言い換えれば守備のタスクを負わない(負えない)選手たちを躊躇うことなく配置し、守備は中盤から後ろの6人(GKを含めれば7人)に任せるという、非常にハイリスク・ハイリターンなシステムだ。
攻守分業型のチームが今もって多いカルチョにあっても、こんな極端な布陣は見たことがない。

当然レオナルドの元には、周囲からの反対、否定的な意見が後を絶たなかった。
特に“あの”シルヴィオ・ベルルスコーニは、仰天といった様子で

あまりにもリスクが高すぎる。指揮官はもっとバランスを考えるべきだ!

と言い放ち、指揮官の采配を真っ向から批判している。

同オーナーはイタリアでは珍しい、結果だけでなくスペクタクル、華麗で見ごたえのあるフットボールを志向する数少ない人物のうちの一人だが、その彼をしてこの発言である。
いかにレオナルドの采配が、カルチョの常識から逸脱していたのかが、この一件だけでも知れるというものだ。

だが、その攻撃的スタイル以上に驚きだったことがある。

レオナルドがワンマンかつ剛腕で知られる、イタリア首相でもあるこのオーナーの現場介入を、断固として拒否したことだ。

それどころか、彼以外の外部からの干渉に対しても、この新米指揮官は頑として受け入れようとはしなかった。
ことフットボールとその采配に関して、自らの哲学を一切曲げる気はない、と言わんばかりにである。



彼は結局、最後までこのスタイルで戦い抜いた。

誰もが期待していない、トップを狙うには明らかに力不足な選手たちの顔ぶれ。相次ぐ負傷者、高齢化の波・・・数々のマイナス要素にも挫けず、結局3位(CL予備予選免除での出場権獲得)の座を守り抜いた。

だが、ドン・シルヴィオに逆らい、彼の機嫌を損ねた罪は重い。
ACミランというクラブにおいて、彼との対立は即ち居場所を失うことを意味する。

シーズン終了を待たず、レオナルドの解任は決定された。

シーズン終盤戦、感情を押し殺したように指揮を執る彼の姿は、人々に憐憫の情を持って見つめられることになる。


・・・少々話が脱線するが、このレオの決断と行動を最も評価したのが、ライバルクラブであるインテルの指揮官ジョゼ・モウリーニョだった。
先のインタビューでは

カルチャーショックを消化するのは非常に難しかった。

イタリアでは、彼らのようにしか仕事をしてはいけない。
それ以外の仕事の仕方をする権利はないんだ。

そして、絶対に彼らのように話さなければならない。
彼らのようにプレーしなければ、それはプレーを知らないからということになる


と語っているだけに、レオナルドの境遇が人ごとには思えなかったのかもしれない。
あるいは数少ない自分と同じ境遇の者、カルチョで働く外国人監督に対し、シンパシーのようなものを感じていた可能性もあるだろう。



結局二人の間に、どういった感情があったのかは知れない。

だが少なくとも、レオナルドの周囲の批判を恐れぬ、確固たるビジョンに裏打ちされた勇気ある采配に対し、スペシャル・ワンが敬意を抱き、高く評価していたことだけは間違いない。

まさに皮肉な成り行きと言える。


閑話休題。
結局オーナーとの対立が元で、レオナルドはクラブを追われた。だが、話は単なる監督交代に留まらなかった。

ドン・シルヴィオは当てつけのように、後任監督のアレッグッリに、イブラヒモビッチやロビーニョ、ケビン・プリンス・ボアテングといった優れた選手たちを買い与えた。
背景に国内の選挙を前にした、ミラニスタの票数確保という思惑があったにしても、あまりにも露骨な対応の違いである。

しかし、フットボール的な側面に関して言えば、文句なしにその効果は抜群だった。

今シーズン、ミランは数年ぶりにクリスマスの首位ターンに成功する。
特にイブラヒモビッチを核とした、新戦力ユニットが十二分に機能しての結果であった。


ミラニスタたちの称賛・喝采と、ベルルスコーニの笑い声。

振り返って様子を見ようにも、かつての我が家にもはや居場所はない。

否、振り返る意思はもうなかったか・・・?
自分は一家の長と相対した。安寧よりも、自らの挟持と哲学を、貫き通す道を選択したのだから――

こうしてレオナルドは、ミランを後にした。

その背中に、自身がどれほど限られた戦力で戦っても手に入れることが叶わなかった、大きな歓喜の声を聞きながら。

※続く→ レオナルド~野望のルーツ~(3)「モウリーニョの後任として」

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【2011/01/06 21:47】 | インテルなこと
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