インテルやカルチョに関する話題多め
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話をしよう。
突然だが、ここで質問だ。

『あなたにとって、代表チームとは何か?』

答えは文字通り、人それぞれだろう。
おそらくクラブチーム以上に、その解答は千差万別なはずだ。

ある者にとっては、フットボールの中で最も大きな比重を占めるものに。
またある者にとっては、愛するクラブの選手たちを疲弊させるだけの災害のように感じられているに違いない。


では筆者にとっての代表チームとは・・・?
単刀直入に言ってしまえば、これは

国家単位の寄せ集め集団

だ。
連携はクラブシーンに及ぶべくもなく、同僚でも家族でもない集団が、わずかな時間を共有しながら国家の威信を賭けて戦う・・・
それが代表チームというものだと考えている。


以前も申し上げた通り、筆者は代表シーンにほとんど思い入れがない。

率直に言って、勝てば嬉しいが負けても多くを感じない。
勝因、敗因を分析して楽しむことはあっても、無理にでも勝って欲しいとは思わない。

現在であればインテル、Rマドリー、トットナム、川崎フロンターレ・・・
これらのチームの勝利と、日本代表の躍進とを運命の天秤にかけるなら、迷わず前者の皿に祈りの重しを置くだろう。

非国民と罵られてしまうかもしれないが、こんなところで嘘を吐いても仕方がない。

フットボールというスポーツの中で、フットボーラーや多くのファンにとってそれが重要であることを認識はしている。
しかし筆者にとっては違うと、ただそれだけのことなのだ。

それでも、日本代表の活躍や躍進は喜ばしいし、素直に応援できるのだが、
逆に代表が敗れる、不甲斐ない内容に終始するなどした場合も、別段怒ることも嘆くことも少ない。
勝てば素直に嬉しい、負ければ少し寂しい・・・
自分の中では、どうやらその程度の位置づけらしい。

インテルやRマドリー、スパーズの選手たちが、代表ウィークのたびに疲労を蓄積して帰ってくる事実に、いい加減嫌気がさしてしまっていることの影響が大きいのだと思われる。
代表シーンそのものへの、一種のアレルギー性のようなものか(苦笑)




――他方。
思い入れが少ないだけに、ある面では客観的にその内容を評価することはできる。

誰それを使うべきだ、ああすべきだこうすべきだ・・・
そういった戦術的な解釈に、自分はほとんど興味がない。

すべての戦術を筆者は肯定する。
また、すべての戦術は否定に値する。

見るべき部分はその戦術が果たして有効に機能しているかどうか、あるいは機能させるために必要な手立てを打っているかどうかになる。


確かなことは、国際試合においては結果が最優先にされるということ。
それを得るためなら、クラブレベルでは許されないようなマネジメントも許容されるということだ。

そして、最も重要になるのは、その土地で生活する人々が、どのようにフットボールというスポーツを捉えているのか?
という部分であり・・・ 

極論で言えば代表シーンとは、

国家レベルでのフットボール観の戦い

になる、と筆者は考えている。


純粋に戦略性を、そしてマネジメントを追求した場合、果たして代表とはどのように運営されるべきなのか?

国際舞台で結果を残すために、勝つために本当に必要なものとは何なのか?


クラブマネジメントとは根本からそのメカニズムが異なる、当blogとしては未知の分野――
代表チームの話を始めよう。


(1)既述事項の確認

まずは過去ログをご参照いただきたい。

2010バロンドール譚(3)「負けない代表チームの作り方」
2010バロンドール譚(4)「“負けない代表”への最短距離」


筆者がこれまで語ってきた、代表シーンに関するいくつかの記述である。

この中で重要なポイントは、

· 何はともあれ、守備を強化しなければはじまらない
· 代表戦では勝つこと以上に負けないことが重要視されるため、弱小国相手でも得点をあげることが難しくなる
· 綿密な連携、複雑な戦術理解を選手に要求するチームは代表には向かない
· 突出した個人技を誇る選手を、複数人抱えていることが望ましい

――辺りのことだろう。
多くは使い古された謳い文句であり、何らかの媒体ですでに目にしてきた方も多いと思う。

ただ、そんな中でも三つ目、

綿密な連携、複雑な戦術理解を選手に要求するチームは代表には向かない

だけは、もう少し詳しい解説が必要かもしれない。
実際にそのメカニズムを1から10まで説明しょうとすると、かなりの分量になってしまうため、これまでは明言を避けてきた部分であるからだ。

今回はこの説明に当たって、いわゆる『さわり』の部分、既知事項の確認を行っておきたいと思う。



前提としてあるのは、これまでも
こちら
などで述べてきた通り、フットボールが多分にメンタルなスポーツであるという点だ。

試合に出た後、選手たちは言うまでもなく疲労の状態にある。
しかし、多くの国際大会は充分な疲労の回復が叶わない中で試合をすることになる。

フットボールは本来、ベストかそれに近いコンディションで試合をこなすには、最短でも中4~5日の期間を設ける必要があると言われている。
にも関わらず、例えば中3日、中2日で試合をこなすことは、心身を強烈に酷使する『苦行』だ。

それでも身体的な疲労は、回復にのみ専念したトレーニングに終始すれば、中3日でも最低限の状態は維持できる。
長期的な疲労の蓄積による“キレ”の低下などは別にして、最低限走り、跳び、蹴ることは可能ということだ。


翻って、精神的な疲労、脳の働きの低下は如何ともし難い。

回復にかかる時間が四肢や心肺機能のそれよりも長く、また万人に共通する調整法・効果が確立された科学的な回復手段が極めて少ないため、常時フルパフォーマンスを継続することは実質的に不可能なのだ。
この「メンタルコンディションの回復」というテーマは、過去、多くの指導者が口にしている難題である。


当サイトをはじめて訪れられた方のために、この「脳と感覚・感情の疲労」については、もう少し詳しくご説明申し上げる。

何もこの問題は、フットボールに限ったことではない。
例えば多く、アルバイトなどに見られる

作業的労働

・・・つまり一定以上に簡略化、パターン化された店員や新聞配達といった類の仕事であれば、人はある程度の酷使には耐えられる。

気候や気温など、外的条件に左右される部分は勿論ある。
だが、基本的に脳で処理しなければならない情報が少なければ少ないほど、肉体の許容範囲内であれば、この種の作業は長期間に渡っての施工が可能だ。

デスクワークでも、例えばデータの収集・処理やワーク化されたプログラミングの作成などは、かなり融通が利く部分が大きい。

当然、睡眠時間・休息時間を削れば、当然作業の能率は落ちることになる。
それでもある一線、つまり身体機能に大きな問題が発生する手前の段階までであれば、無茶を承知で労働に従事することができるわけである。
(それだけに無理な残業など、労働形態が問題になりやすい職種としても知られるのだが・・・)


一方、長時間の労働が困難、あるいは不可能なのは、治安が悪化している場所で犯罪者を取り締まる、またはそれこそ従軍などの仕事などが挙げられる。

軍人の作戦行動や、それこそ現在福島第一原子力発電所で奮戦中の作業員などは、常に生命の危険を伴う。
この時、疲労に伴う能率の下降(及びそこから生じるリスク)が顕著だ。

いつ、いかなる場所で、何が、誰が、どれが、どのように・・・
こうした情報をいち早く感知し、

それに対して、
いつ、どのように、どこで、何を、誰が、どうして・・・

瞬時に対応策を実行できなければ、生命が奪われるとすれば。
当然の如く、脳はその神経を張り詰め、極限の状況下でのフル稼働を要求される。



こうした仕事の最大の特徴は、時間の経過、疲労の蓄積と共に、著しく任務遂行率――
言い換えれば

作業効率

が下がってしまうという点にある。

人間は、視覚や聴覚などいわゆる五感により、常に外界から情報を摂取している。

更に、それらの感覚機器を統括し、情報を分析して新たな情報――いわゆる認識である――に変換するなど、膨大な量の仕事を一手に引き受けているのが脳だ。

筋肉の酷使など、いわゆる肉体的には「」の状況にあっても、勉強や仕事、もしくは極端な緊張下に置かれていれば、人は大きな疲労を感じる。
これは脳が休む間がまったくないからであり、例え熱量的、運動的な・・・いわゆる消費カロリーそのものが少ない運動、物理的な動作を伴わない活動であっても、

思考

という形で脳を酷使しているからだ。

“人体”という1固体を総合的に管理する、脳の稼働率が低下するにしたがって、人間として全体の機能性も落ちていくわけである。



では、フットボーラーはどうか?

・・・失礼した。
賢明なる読者の皆様に、今更伺うのは失礼なほどの愚問だった。

――そう。
ありとあらゆる不測の事態が起こりえるピッチ上で、実に90分間以上に渡ってボールを、味方の、相手の動きを目で追い続け、絶えず膨大な量の情報処理を脳に要求することになる仕事だ。

これで脳が疲労しないわけがないのである。


ここで、ようやく今回のテーマ、「代表論」へと話が戻ってくるわけだが・・・

この傾向は当然、より複雑なシステム、難解なコンビネーションを要求されるチームほど高くなる。

例えばマヌエル・ビエルサ前監督が率いていたころのチリ代表は、いわゆる国際的なビッグネーム、傑出したタレントの持ち主こそいなかったが、代表チームに類を見ない連動性を、高度な組織力を見せる好チームだった。

2010年W杯に関して言えば、南米予選の間はもちろん、本大会に入ってからも充分にそのクオリティを見せつけた1チームのひとつだろう。
同代表は、最終的にはスペイン、ブラジルと世界最高峰の強豪国とぶつかり散って行ったものの、多くのフットボールファンに強いインパクトを残して大会を去って行った。




が、それだけだ。

代表チームの目的が、

よいフットボールを見(魅)せる

ことであればそれもいいだろう。
彼らはそれこそ心身のコンディションが充分な状態であれば、世界中のあらゆる強豪国と戦わせても、充分に勝機を見いだせるだけのフットボールを展開していた。

だが、結果を追求するチームとしては、自ずと同チリ代表には限界があったと言わざるを得ない。
何故か?

言わずもがな・・・
同代表のシステム、フィロソフィーが、選手の身体と脳髄を極限まで酷使するスタイルだったからだ。


チリ代表は、ワールドカップ南アフリカ大会の中で、個人的に唯一、

このフットボールは、自分からお金を払ってでも見たい!!

と感じさせてくれる、そんなチームだった。
文句なしの好チームである。

だが、自分のような代表アレルギー者、ひねくれ者が興味・関心をそそられるようなチーム構成をしている時点で・・・
このチームが長期間の戦いに耐えられるような、上位進出が叶うような資格は有していなかった、ということにも繋がるのだ。

続く

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【2011/04/15 19:53】 | フットボール叙事詩
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No title
junchang
選手たちがW杯などの代表の公式大会に求めるものは2種類あってひとつは白面さんがおっしゃられている通り名誉で、もうひとつは個人的にステップアップするための場として捉えていた時代がありました。しかし現在では・・・・
かつてこれほど選手の移動が頻繁でなかった時代は国によるサッカーの違いを見るのもひとつの楽しみでありました。また、選手たち(特にスーパースタークラス)のモチベーションも当時の方が高かったように感じています。試合数が過去とは比べようもないほど増えてしまった現代の選手たちは「金でももらわんことにはやってられないぜ!」と心の中では絶対思っていますよね!
スペインの様にひとつのクラブが代表に好影響をもたらす例はたびたびありましたが、(ソ連やポルトガルなど)代表の監督さんはいくら有能でも、クラブに比べて拘束時間が限られますからどうしても結果優先主義に陥りがちで、確かに面白くない試合が増えましたね・・・・
W杯のブラジルとオランダにはがっかりしました・・・・

バランスが
白面
崩れてきてるのは感じますね。
あるいは新しい価値観が作られている最中、という気がします。

ただ、それがなかなか馴染まない。
価値観は国それぞれ人それぞれなのですが、それにしてももう少し共通性の高い、最低限国ごとにまとまれる文化がより前面に押し出されていること・・・
それが自分の考える、国際戦の理想郷です。

スペイン代表も優勝こそしましたが、その内容、勝ち方ははっきり言って退屈でしたし、オランダも疲れ果てて見れたものじゃなかった。

あまりにもクラブシーンが先鋭化し過ぎているのかもしれませんが、だからと言って代表戦にこれ以上時間もコストも割けないのは誰の目にも明らかで(汗)

日本人はあまり、実感のわかないことかもしれませんが・・・

そろそろこの国際試合の位置づけを、大規模に見直すにはいい時期なのかもしれないと思うのです。

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この記事へのコメント
No title
選手たちがW杯などの代表の公式大会に求めるものは2種類あってひとつは白面さんがおっしゃられている通り名誉で、もうひとつは個人的にステップアップするための場として捉えていた時代がありました。しかし現在では・・・・
かつてこれほど選手の移動が頻繁でなかった時代は国によるサッカーの違いを見るのもひとつの楽しみでありました。また、選手たち(特にスーパースタークラス)のモチベーションも当時の方が高かったように感じています。試合数が過去とは比べようもないほど増えてしまった現代の選手たちは「金でももらわんことにはやってられないぜ!」と心の中では絶対思っていますよね!
スペインの様にひとつのクラブが代表に好影響をもたらす例はたびたびありましたが、(ソ連やポルトガルなど)代表の監督さんはいくら有能でも、クラブに比べて拘束時間が限られますからどうしても結果優先主義に陥りがちで、確かに面白くない試合が増えましたね・・・・
W杯のブラジルとオランダにはがっかりしました・・・・
2011/04/16(Sat) 14:23 | URL  | junchang #-[ 編集]
バランスが
崩れてきてるのは感じますね。
あるいは新しい価値観が作られている最中、という気がします。

ただ、それがなかなか馴染まない。
価値観は国それぞれ人それぞれなのですが、それにしてももう少し共通性の高い、最低限国ごとにまとまれる文化がより前面に押し出されていること・・・
それが自分の考える、国際戦の理想郷です。

スペイン代表も優勝こそしましたが、その内容、勝ち方ははっきり言って退屈でしたし、オランダも疲れ果てて見れたものじゃなかった。

あまりにもクラブシーンが先鋭化し過ぎているのかもしれませんが、だからと言って代表戦にこれ以上時間もコストも割けないのは誰の目にも明らかで(汗)

日本人はあまり、実感のわかないことかもしれませんが・・・

そろそろこの国際試合の位置づけを、大規模に見直すにはいい時期なのかもしれないと思うのです。
2011/04/17(Sun) 22:42 | URL  | 白面 #-[ 編集]
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