インテルやカルチョに関する話題多め
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※ 各人への提言

・UEFA編

兎にも角にも審判体制の見直しだ。

他にも解決すべき問題はあるが、最も急いで取り掛かる必要があるのが審判制度改革にあることは疑いようがない。
逆に、ここを抜本的に解決できれば、その他の要素を飲み込んで些事にしてしまえるほど、ここに注力する意味は大きい。

今回の試合、レアル・マドリードもバルセロナもある意味では被害者だ。

レアル・マドリード側は言わずもがな。
バルセロナ側としても、あれこれ嫌味を言われたり、痛くもない腹を探られて不快な思いをするのは不本意だろう。

こんな状況よりは、ジャッジングの公平性――というよりは透明性、と言うのが正しいか。
これが高まり、自らの正当性が高まる方を彼らは確実に選ぶだろう。

仮に反対するとすれば、

それこそ万人がバルセロナをそういう目で見始めるようになる”。

そこにどんなに理の通った言い分があろうとも、世人はそうは思うまい。
今は中立の立場にいるフットボールファンも、大きくバルセロナ懐疑の視線に傾くことになる。
その計算ができないほど、バルセロナは初心で未熟なクラブではないだろう。

ともかく現行の審判制度は、改善しようという意思こそあれど、その速度がフットボールそのものの進化に追いついていないこと。
ここをなんとかしなければ話は先に進まない。


各種協会のお歴々は何かにつけて理由を述べ、反対したがるジャッジングのテクノロジー導入だが・・・
もはや抗い、無視を決め込められる事態にないことは明白だ。

協会が審判をほぼすべての局面において全面的に擁護する立場にいるのは、本当に審判を危機から遠ざけ、庇おうとしてのことではない。

少なくとも自分にはそうは思えない。
今回の一見に限らず、これだけ多くのファンが到る所でジャッジングに不平不満を抱えている現在、ああだこうだと理由を付けて現行体制を維持し、違反者にいたずらに鞭を振るうばかりのその姿には、問題を先送りにしたいという意思ばかりが透けて見える。

それでもファンは金を払ってチケットを買い、スタジアムに来るだろうとタカをくくるか?
なるほど。
ファンは確かにそうするだろう。

だが、当の審判はどうか・・・?

人は低きに流れるものだ。
関係者、ファンの溜め込んでいるストレスは年々増大している。

現に今回の試合でもシュタルク主審が、ファンから襲撃されかけている



スペインの首都マドリードという、高い教育水準を持つ土地柄であること、エル・ブランコの歴史の重みが犯人の行動をここまでのレベルに留め、危ういところで最悪の事態を回避できたというところだが・・・

これが

「そうではない」

土地柄であれば、事はどうなっていたかわからない。

勿論、筆者はフットボールに、どんな形でも暴力が介在してはならないとする立場だ。
フットボールのスポーツ性、文化性を貶めるだけでなく、愛するクラブそのものに大きなダメージを与えてしまう危険極まる行為である。

だが、そうした心の流れについては察することはできる。

最初から物事を周囲に八つ当たりしてしまう手合い、幼稚な人間、粗暴な人間、未完成な人格については論外だ。
それでも、そうした極一部の例外を除いて、一般市民でも

やるしかない・・・!

と思い込んでしまう状況がある。
さながら通り魔、憑き物のように、本当なら犯罪に手を染めることなどないはずの極々普通の人達が、

今なら“やれる”んじゃないか・・・?

と、ふらりと手を出してしまう状況というものがある。


そもそも、そんな状況が発生しうるほど、審判ばかりに責任を押し付けるのはアンフェア極まりない!!

テクノロジーの導入は、そうした際にファンの遣る瀬無さ、無念さを少しでも抑えつけ、抑制させるためのものだ。
フットボール関係者の心の痛みを、少しでも和らげるためのものだ。

審判団の責任・怨嗟の対象としての『神格』を軽減し、彼らの身の安全性を高めるために活用されるべきと信じている。

仮に欧州の地で取り返しのつかないレベルの“事件”が起きれば、それこそフットボール全体からファンが離れていく。
安全に観戦できないスタジアムが忌避されること、ファンの足を遠ざけることは、近年のイタリアやフランスが今もって実証済みではないか!

そうなっては遅い。
自分達の都合を、利権を計算している場合ではない。

あるいは何人かの人達が懸念しているように、

本当に特定チームの勝利を願う体質

があったとて、それもフットボールの人気があっての物種だろう。
観衆の目が存在しなければ、どんな好ゲームも滑稽な猿芝居でしかなくなってしまう。


一刻の猶予もない。

テクノロジー導入の議論、あるいは審判の権限・責任の分散=増員など、改革に向けた取り組みには徹底して注力すべきである。


勿論、これは同時に、政治的な要素の介入を今よりも圧倒的に難しくする――という意味合いもある。

費用対効果の合わない活動に貶めることで、フットボールの健全化を推し進める。
UEFAが渋れば渋るほど、

何故そんなにテクノロジーの導入を拒むのです?

そんなに、UEFAにとって都合のいいチームが勝ち抜け難くなるのがお嫌ですか・・・?


という形で、世論が圧力を高めていくことが望ましい。

痛い所をチクチク突付き続けた末に、かの組織がどういう反応を見せるのか・・・?
それを見定めてやりたいがため、個人的に楽しみだからという面も、これまた偽りなき本音として自分の中にあることを追記しておく。


・バルセロナ編

ここまで、遠まわしな表現に終始してきたが・・・
今回は最終回につき、端的にまとめよう。

ぶっちゃけて言ってしまえば、

バルセロナはUEFAから贔屓されている。

隠してもしょうがない。
実際に過去のデータを、自分の目と頭で判断した結果、筆者個人はそういう結論に到った。

だが、それを言ったところでどうなる?

例えばバルセロナの上層部とUEFAの幹部が仲がいいとする。
例えばUEFA上層部がマーケティングの観点から、バルセロナに有利に事が進むよう、あれこれ取り計らっていたとする。

そこまでなのだ。

疑惑だ買収だと騒ぎ立てることはできる。
が、音声録音や物的証拠のひとつもでなければ、話はそれ以上のことにはならない。

先にも言った通り、こうした政治的側面からのアプローチ・・・それもひとつの戦略だと自分は考えている。

実際にこうした働きかけ・工作があったとしても、それはテクニカルファウルや、例えばマテラッツィの18番である
口プレッシング(苛々誘発用)
と同じようなもので、綺麗なものではないが間違っているとも言えないものではないだろうか。
故に白だが、清廉潔白ではないと申し上げたわけだ。




解決策は明白だ。
先述の通り、

灰色な判定の絶対量を削ぐ=ジャッジングの透明化を進める

、これが最も手っ取り早い。
本当に自分達が清廉潔白であると主張するのであれば、ジャッジングの透明化は望むところだろう。

少なくとも、現場は好意的に受け取ると思われる。
自分たちがジャッジングに護られる場面が多いことを承知していても、それ以上に彼らには自らのクオリティに対する自負と自信がある。

そもそも現場は仮にフロントが裏でUEFAと何かやっていたとしても、その具体像を掴んでいる可能性は極めて低いため(その点は、カルチョポリ時のユヴェントス所属選手たちと同じだ)、むしろ悪質なファウルで苦しめられることが減るのは大歓迎――と解する方が自然な展開だ。

フロントにしても、時勢を見極めつつ、いざ事が進めば最終的には改革に傾く公算は高い。
冒頭に述べた通り、世論がそちらに傾きさえすれば、そこに歩調を合わせず物議を醸すほどバルセロナフロントは愚かではないと思うためだ。


とても平和的・建設的な解決策と言うわけである。

後はせいぜい、個人的な希望として・・・
連載第一回で注文を付けた部分を、少しなりとも改善してくれればいいとは思ってはいるが(苦笑)


・レアル・マドリード編

今回の登場人物の中では、最も罪が重い。

多くの問題を抱えてはいるが・・・
最大の問題は、クラブの安定性・安定感の欠如という点だ。

内部のゴタゴタについては、第2回3回で綴った通りだが・・・
これだけ身内からあれこれとイチャモンをつけられれば、いくらスペシャル・ワンと言えど仕事をスムーズに進めるのが難しくなるのは必然である。
この混乱っぷり、内部闘争の激しさは、ちょうど彼が監督としてのキャリアをスタートさせた最初のクラブである、ベンフィカの混沌(カオス)以来ではないだろうか?


正確に言えば、“イチャモンを付けるのが目的なら好きにすればいい”。

厳しいことを言ってしまうと・・・
元々矛盾だらけの、現実を知らないサポーターを大量に抱えたクラブなのだ。
少なくとも自分にとっては、筆者の目から見ればそう映る。
夢に耽溺し、具体策を打てずに沈んでいくなら、どうぞ好きにしてくれていいというのが本音である。

だが・・・

都合の悪いことをすべて指揮官に押し付けるそのやり口には、いい加減吐き気すら催す。


名門の真の復活のためには、まずは自身の矛盾を謙虚に受け止め、その上でどうするかを決める必要がある。

マドリディスモ実現のため、地に足の着いた複数年に渡って努力を続ける覚悟を決めるか?

理想に背を向け、どこまでもまずは現実の結果を追求するのか?

前者であれば話は簡単だ。

現指揮官が気に入らなければ、さっさと解任するがいい。
その場合、筆者とは何の心の結びつきもない――むしろ毛嫌いする――クラブになるだろうが・・・
それでも、現状よりも遙かにこれは筋の通った話ではある。
モウリーニョ本人も、そんなカオスにこれ以上付き合っていられるかと、自分から三くだり半を突きつけてクラブを去ることだろう。

現指揮官に自省&自制、敬意と理解を求めるのであれば、まずは胸襟を開いて誠実な話し合いから始めるのが筋というものだ。
その上でクラブ全体でバックアップを誓い、指揮官の歩みを助けるのが、本来当たり前なクラブの姿である。

それができれば無限の力をこの男が発揮することは、過去の実績から明らかだろう。
そもそも、
サポーターが指揮官を信じていない状況で、指揮官は何を信じて戦えばいいというのだ?



後者の場合も基本的にやることは同じとなる。

モウリーニョのメソッドに理解を示し、その上でクラブの理想像、目指すべき所を伝える。
そうすれば彼が、決して守備一辺倒のリアクションフットボール信奉者ではなく、

病的なまでに『勝つため』の効率性を追求する

、特殊な指揮官であることがわかるはずだ。
サポーターの後押し、万全の助力が得られれば、今のように不必要に周囲に当り散らすようなことは激減すると(完全にはなくならないだろうが)断言できる。


――そう。
話は簡単だ。

そもそも他の『勝者』であるクラブなら当たり前のことが、当たり前にできていないことが問題なのだ。
そうした混乱がネガティブな影響を及ぼし、チームから安定感を奪っている事実を、すべてのマドリディスタに訴えたい。


ここまで言及せずにきていたが、一応、マドリディスタ・ノルマル・・・いわゆる若いファンに多い、現状を肯定的に受け入れてモウリーニョを支持しているサポーターの方は、アナリスタ(旧来のファン)よりは遙かに筋が通っていると思う。

この記事を読んでくださっている皆様には、彼らと筆者とのモウへの愛情、接し方において似ている部分が多い、という点は勿論考慮していただきたいが・・・
それを差し引いても、彼らの言動・理屈は、少なくとも大筋で理解のいくものだ。

だが・・・

そうは言っても指揮官にすべてを委ね、追従するのは愚の骨頂だろう。
そうならないよう、くれぐれも注意はしていただきたいと願う。


簡潔にまとめるなら、エル・ブランコは全体の意思をもう少し統一し、どんな指揮官を連れてくるにしても、もう少し落ち着いて働ける環境をまず用意することが先決だろう。

その上で現指揮官であるモウリーニョに対しては、

彼を叱咤激励し、時に諌め、だが信じる努力をして欲しい、と言っている。

自分達からまず誠意を見せずして、指揮官にばかりあれこれ注文するのは没義道だろうに。


それをやらないから、モウリーニョはまず内側の敵と戦い、外側の敵と戦い、更に自分自身とも戦わなければならなくなっているのだ。

モウリニスタだから言っているのではない。
人として当たり前のことを言っている。

自分から嫌おうとすれば、相手が敵意を持つのは道理ではないか・・・?

何故そもそも、理解しようとする過程を放棄してしまうのか。
前述した通り、ペジェグリーニ時代から垣間見られた傾向だったが・・・その点が自分には、あまりにも残念でならないのだ。




まとめ

今思い返してみても、先日の試合はスキャンダラスだった。

バルセロナが、レアル・マドリードが、審判が、UEFAが、メディアが、サポーターが・・・
すべてがどこか歪で、各々好き勝手に利己的に振舞った結果が、ああした試合を生んだのではないか。
そんな風に感じられてならなかった。

あの試合、特にメッシの2得点目は、大変美しいクオリティあるゴールだった。

なのに、喜べない。手放しに褒められない。
フットボールの純粋な歓び、純粋に素晴らしいと感じるプレーに心からの賞賛を贈れないこと。


それが、とても悲しかった。


敗北したのはレアル・マドリードではない。
バルセロナは勝利もしていない。

あれはフットボールというスポーツの、文化の悪しき側面――
限界を露呈してしまったという点で、フットボールの敗北だったと自分は結論づける。

形式上、バルセロナが2点の差をつけてレアル・マドリードを下したはしたが・・・
あのような試合を演じ、そこで得た勝利でも心から手放しで喜べるとすれば、それはもはやフットボーラーである資格はない。

レアル・マドリードに関しては言わずもがなだ。
集中したディフェンスと、フットボールを破壞することは、まったく異なるものだろう。
ジャッジングに勿論納得のいかない部分はあったろうが、それ以上に審判が落ち着いて試合を裁けない環境を作り出した時点で、それは直ちに下策に堕ちる。

どちらに肩入れするわけでもなく、1フットボールファンとしてあの試合に思うことはそれだけだ。


・・・繰り返してはならない。

現行ルール下で、この歪な状況にあっても・・・
2ndレグはせめて、フットボールの試合として純粋に評価できる、そんな試合になることを切に望んでいる。



――そして今回、事の渦中にいた指揮官――

(それこそ文句含めて)

ジョゼ・モウリーニョには、心から伝えたい言葉がこれでもかと在るのだが――


・・・時間も押していることだし、今はその言葉は口に出さずにしまっておくことにしよう。

チームにも今は、全力で眼前の戦いに集中してもらいたい。
先日のような、ああいう展開は・・・もう誰も望んではいないものだ。


まずは今夜の試合を。
次いでリーグ戦を。

すべての戦いが終わってから、その時改めて言葉を綴りたいと考えている。

<了>

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最もそういうことが起こってほしくないカードで、どうしてこういうことが起こっちゃうんでしょうかね・・・?

クラシコのあまり惨状に、一フットボールファンとしてこれ以上ないほど落ち込んでおりますorz

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何卒どうか、よろしくお願いします。

【2011/05/03 23:51】 | フットボール叙事詩
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No title
ガッピル
今回のクラシコは残念でしたね。
いちサッカーファンとして楽しみにしていたのに
フットボールとしてのダーティな部分しか見れなかったです。

正直この問題に関して様々なニュースになっていましたが
どれも触れたくはなかったです。
所詮両者が己の正義を貫き、歩み寄ることもないし
何が真実なんて分かるわけないと思ってました。

ただこうして白面さんの記事を読ませていただき
この試合で起きた原因というかサッカーというスポーツの問題点が
自分の中で少し解釈できたかなと思います。

そういった意味でいつも白面さんのブログで勉強させて頂いており
本当に感謝していますm(__)m



No title
バルサバカ
 バルセロナの記事からクラシコの記事まで興味深く読ませてもらいました。
 熱狂的バルセロニスタの自分から見ればいい時代になったもんだと(笑)
 バルサがここまで強く敵対すらされる時代このサイクルはもう少し続きそうですね。
ただ、審判問題に関してはなんとも…数年前マドリが強かった時代の審判に比べれば…実際ポゼッション率の高いバルサが多くのファールを受けるのは当然だし、ファールが多ければ審判の印象も良くなるわけもないですしね。
 まぁあそこまで露骨に守備的なマドリをクラシコで見るとは思いもよらなかったですが。

 バルサが明らかなオフサイドゴールを見逃してもらっている訳でもなく、それをUEFA全体で贔屓していると思われるのは…。
 もともと、バルサやマドリといったチームは少なからず審判の恩恵を受けているチームで、マドリの選手や監督がそれを言い出すのも紳士のクラブたる威厳はどこにって感じですし。

ウルトラスに関しても、圧倒的にマドリの方がたちが悪いっすよ。
バルサはウルトラスに対し排除運動もしてるが、マドリはチケットの優先販売はもちろんグティなどがいた頃はゴールアピールもウルトラス前で行う始末。

 ま、こんなことですらアンチが増えるほど今のバルサが充実してるということで。
またマドリのサイクルが始まれば今度はマドリが審判の恩恵を受けているっていわれる訳ですしね。

 バルセロニスタとしてはもう少しこのサイクルを楽しませていただきます。
かなりバルサよりの意見になってしまいましたが、モウが審判やメディアに文句を言うのは常套手段で(選手の文句を言わないとこはかなり好きですが)、今回はクラシコの連戦のせいでメディアが騒ぎすぎと思えて仕方ないです。

長文ですいませんでした。

No title
こやた
一連のエル・クラシコに関するエントリーは、他の複数のエントリーと繋げる事が可能なのではないでしょうか。

たとえば『カルチョの子はカルチョ』で問題提起されたドグマ。レアル・マドリードは白面さんが喝破された通りの状態です。そして現在のバルセロナは勝ち馬であるがゆえに、その尻馬に乗って踊るへたれなブタがヨハン・クライフの全然有り難くないお言葉をドグマと化しています(元日本代表監督の岡田武史さんは、それに対してカウンターオピニオンを入れたようですが)。

あるいは『白面式メディア論』のシリーズで論じられていた、メディアはあくまで現象でしかないというお話。タイミングよく同コメント欄のバルサバカさんが「メディアが騒ぎすぎと思う」と仰られましたが、事程左様にメディアが現象に対してメタレベルに立っていると考えている人がまだ相当数存在しそうだというところ。

そしてそれに関連して、イビチャ・オシムやアルベルト・ザッケローニなどの老練な監督たちが発する言葉のほとんどは、まさにそこを狙い撃ちにしたギミックでしかなく、実はジョゼ・モウリーニョはそれが分かりやすくなっているだけである、という事などなど。

全てを横断的に語ることはできると思いますが、本格的に取り組むとナントカ概論なんていう本を1冊出せる分量になるかも知れませんね。

No title
junchang
今回の一連の騒動は、注目度が高いが為の弊害なんでしょうね・・・・

強いチームが出現すれば、出る杭を打つアンチが比例して増えるのも言わずもがな。

ましてやこれほど対を成す対象は現在のサッカー界では存在しませんからね^^

論争が元で戦争が起こるはずも無く、平和的な因縁を抱え続けて大論争が起こるだろう今後は、バルセロニスタでもメレンゲでもない非常に客観的に接している自分にとって見れば微笑ましい事象でしかないんですけど・・・・
それでも審判問題に関しては昨今変わらない論争のベースなんだと。白面さんがおっしゃられていた通り、技術的な(人間ではなく、機械に頼る)進歩が無い限りはスピードアップしてしまったサッカーについていくのが難しいのかもしれませんね。

コメントありがとうございました
白面
>ガッピルさん

一度こうなってしまうと、プレーの端々に余計な情念がこもってしまうというか、見ている方も素直に判断できなくなってしまいますよね。
2戦目も当然後味が悪くなる。正直に言って面白くなかったですw

自分の頭では何十通りもの可能性をあれこれ煩悶した結果、そもそも問題を無効化する道というか、今回のクラシコ以外でも問題になっている審判問題に目がいったという感じだったわけです。
コストの面からもそう簡単に動き出そうとはしないと思いますが、そうは問屋がおろしません。

ゲリラ戦でもなんでも、連中の耳に痛い話なら時間の許す限り書いてやる、ぐらいのつもりで今回はやりきりました(苦笑)

>バルサバカさん

はじめまして、でしょうか?
現役クレの方ということで、貴重なコメントありがとうございます。

明確なオフサイドを見逃す、万人の目から見てもファウルでないとわかるファウルを取ってもらえる・・・という類のことではないんですw

問題はオフサイドかどちらなのか?
ファウルかどうなのか?
カードかどうなのか?

こういう微妙なさじ加減を要求される場面で、中立の立場から見ているファンの目から見ても

「また・・・!?」

となるほど、バルセロナは判定で得をしていると見られている
そのようにお考えいただければと思います。

当然、現役クレの方からみれば面白くないでしょう(苦笑)
それだけに、ジャッジングにより万人が

「むぅ・・・確かに」

と納得できる、納得しやすいよう、判断材料を増やしていくこと。
一人の人間の目・体・脳に、人の手に余る重圧をかけないようにすることが必要と自分は思っております。

先に挙げたような微妙なさじ加減の判定が、多くのファンから懐疑の目を向けられていることは事実ですが・・・
一方で忘れてはならないのが、バルセロナは実際に純粋な被ファウル(それもかなり悪質な)も多いことです。

現場、中でもペップなら、選手を守るためにもより判定が正しい形で行われることを願うでしょう。
年間せいぜい1~2試合で得をしても、それ以外の5試合で選手を削られて負傷者が出てしまうほど、ペップにとっては100倍頭が痛い問題のはずですから;

余談ですが今回の更新、バルセロナサポーターさんから思いの他好意的なご意見をたくさんいただいたのが印象的でした。
今季はこうした形で、どこか後味の悪い結末に終わってしまいましたが・・・
来季は万人が納得のいく決着で終わることを切に望んでおりますw

>こやたさん

同感ですw
すべての問題は、必ずどこかで繋がっていると自分も感じます。

だからこそ、自分はあれもこれもと口出ししようとして、記事の文量が膨らみ更新も苦しくなる(-_-;)
この点本当にまとめるのが下手で・・・
まったく情けないorz

メディアに対して必要以上に噛み付く、あるいはメディアの流す情報の中で都合のよい情報だけを摂取し、他は攻撃するというファンの数が実に多いのも気がかりです。
これはフットボールファンに限らず、まぁ現在の人類全体に見られがちな光景ですが・・・(´Д`;)

突き詰めれば今のこうした状況を作り出しているのは、我々ファンに一番の責任があること。
これだけは自覚しておかなければいけないと、常日頃から感じております。。。

思うところをとにかく何でも詰め込めば、確かに一冊二冊ぐらい、ハードカバー程度の文量には膨れ上がってしまいますねw
自分のそれでは売り物にはならないでしょうが(笑)

>junchangさん

審判問題をここまで放置してきたツケが、またぞろいったいどれだけのチームのスタッフ、選手、サポーターに及んでいるのか・・・
その苦しみを解せず放置しようとしてきたFIFAもUEFAも許しませんよ(笑)
コストその他問題を考慮はしますが、それにしても怠惰に過ぎましたからねw

それでも、最終的な判断は人間の手に委ねられます。

審判の責任の大きさ、割のあわなさは今後も変わることはない。
だからこそ、大試合で毅然とした態度を取り、同時にピッチ内だけでなく環境まで考慮にいれたレフェリングを行える審判には、大きなリスペクトを抱かずにはいられません。

サッカーマガジンだったかな・・・
毎週Jリーグの審判各人のジャッジングを判定する評価コーナーなどを掲載している雑誌なども出てきており、自分も以前よりもっと審判についてはあれこれ考えを巡らすようになりました。

さて・・・この先バルサ、Rマドリー、それにUEFA・FIFA。

それぞれどこが何を、どう動かしていくのでしょうね・・・・・

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コメント
この記事へのコメント
No title
今回のクラシコは残念でしたね。
いちサッカーファンとして楽しみにしていたのに
フットボールとしてのダーティな部分しか見れなかったです。

正直この問題に関して様々なニュースになっていましたが
どれも触れたくはなかったです。
所詮両者が己の正義を貫き、歩み寄ることもないし
何が真実なんて分かるわけないと思ってました。

ただこうして白面さんの記事を読ませていただき
この試合で起きた原因というかサッカーというスポーツの問題点が
自分の中で少し解釈できたかなと思います。

そういった意味でいつも白面さんのブログで勉強させて頂いており
本当に感謝していますm(__)m

2011/05/04(Wed) 02:04 | URL  | ガッピル #-[ 編集]
No title
 バルセロナの記事からクラシコの記事まで興味深く読ませてもらいました。
 熱狂的バルセロニスタの自分から見ればいい時代になったもんだと(笑)
 バルサがここまで強く敵対すらされる時代このサイクルはもう少し続きそうですね。
ただ、審判問題に関してはなんとも…数年前マドリが強かった時代の審判に比べれば…実際ポゼッション率の高いバルサが多くのファールを受けるのは当然だし、ファールが多ければ審判の印象も良くなるわけもないですしね。
 まぁあそこまで露骨に守備的なマドリをクラシコで見るとは思いもよらなかったですが。

 バルサが明らかなオフサイドゴールを見逃してもらっている訳でもなく、それをUEFA全体で贔屓していると思われるのは…。
 もともと、バルサやマドリといったチームは少なからず審判の恩恵を受けているチームで、マドリの選手や監督がそれを言い出すのも紳士のクラブたる威厳はどこにって感じですし。

ウルトラスに関しても、圧倒的にマドリの方がたちが悪いっすよ。
バルサはウルトラスに対し排除運動もしてるが、マドリはチケットの優先販売はもちろんグティなどがいた頃はゴールアピールもウルトラス前で行う始末。

 ま、こんなことですらアンチが増えるほど今のバルサが充実してるということで。
またマドリのサイクルが始まれば今度はマドリが審判の恩恵を受けているっていわれる訳ですしね。

 バルセロニスタとしてはもう少しこのサイクルを楽しませていただきます。
かなりバルサよりの意見になってしまいましたが、モウが審判やメディアに文句を言うのは常套手段で(選手の文句を言わないとこはかなり好きですが)、今回はクラシコの連戦のせいでメディアが騒ぎすぎと思えて仕方ないです。

長文ですいませんでした。
2011/05/04(Wed) 21:43 | URL  | バルサバカ #-[ 編集]
No title
一連のエル・クラシコに関するエントリーは、他の複数のエントリーと繋げる事が可能なのではないでしょうか。

たとえば『カルチョの子はカルチョ』で問題提起されたドグマ。レアル・マドリードは白面さんが喝破された通りの状態です。そして現在のバルセロナは勝ち馬であるがゆえに、その尻馬に乗って踊るへたれなブタがヨハン・クライフの全然有り難くないお言葉をドグマと化しています(元日本代表監督の岡田武史さんは、それに対してカウンターオピニオンを入れたようですが)。

あるいは『白面式メディア論』のシリーズで論じられていた、メディアはあくまで現象でしかないというお話。タイミングよく同コメント欄のバルサバカさんが「メディアが騒ぎすぎと思う」と仰られましたが、事程左様にメディアが現象に対してメタレベルに立っていると考えている人がまだ相当数存在しそうだというところ。

そしてそれに関連して、イビチャ・オシムやアルベルト・ザッケローニなどの老練な監督たちが発する言葉のほとんどは、まさにそこを狙い撃ちにしたギミックでしかなく、実はジョゼ・モウリーニョはそれが分かりやすくなっているだけである、という事などなど。

全てを横断的に語ることはできると思いますが、本格的に取り組むとナントカ概論なんていう本を1冊出せる分量になるかも知れませんね。
2011/05/05(Thu) 01:33 | URL  | こやた #92CBdlqY[ 編集]
No title
今回の一連の騒動は、注目度が高いが為の弊害なんでしょうね・・・・

強いチームが出現すれば、出る杭を打つアンチが比例して増えるのも言わずもがな。

ましてやこれほど対を成す対象は現在のサッカー界では存在しませんからね^^

論争が元で戦争が起こるはずも無く、平和的な因縁を抱え続けて大論争が起こるだろう今後は、バルセロニスタでもメレンゲでもない非常に客観的に接している自分にとって見れば微笑ましい事象でしかないんですけど・・・・
それでも審判問題に関しては昨今変わらない論争のベースなんだと。白面さんがおっしゃられていた通り、技術的な(人間ではなく、機械に頼る)進歩が無い限りはスピードアップしてしまったサッカーについていくのが難しいのかもしれませんね。
2011/05/05(Thu) 19:35 | URL  | junchang #-[ 編集]
コメントありがとうございました
>ガッピルさん

一度こうなってしまうと、プレーの端々に余計な情念がこもってしまうというか、見ている方も素直に判断できなくなってしまいますよね。
2戦目も当然後味が悪くなる。正直に言って面白くなかったですw

自分の頭では何十通りもの可能性をあれこれ煩悶した結果、そもそも問題を無効化する道というか、今回のクラシコ以外でも問題になっている審判問題に目がいったという感じだったわけです。
コストの面からもそう簡単に動き出そうとはしないと思いますが、そうは問屋がおろしません。

ゲリラ戦でもなんでも、連中の耳に痛い話なら時間の許す限り書いてやる、ぐらいのつもりで今回はやりきりました(苦笑)

>バルサバカさん

はじめまして、でしょうか?
現役クレの方ということで、貴重なコメントありがとうございます。

明確なオフサイドを見逃す、万人の目から見てもファウルでないとわかるファウルを取ってもらえる・・・という類のことではないんですw

問題はオフサイドかどちらなのか?
ファウルかどうなのか?
カードかどうなのか?

こういう微妙なさじ加減を要求される場面で、中立の立場から見ているファンの目から見ても

「また・・・!?」

となるほど、バルセロナは判定で得をしていると見られている
そのようにお考えいただければと思います。

当然、現役クレの方からみれば面白くないでしょう(苦笑)
それだけに、ジャッジングにより万人が

「むぅ・・・確かに」

と納得できる、納得しやすいよう、判断材料を増やしていくこと。
一人の人間の目・体・脳に、人の手に余る重圧をかけないようにすることが必要と自分は思っております。

先に挙げたような微妙なさじ加減の判定が、多くのファンから懐疑の目を向けられていることは事実ですが・・・
一方で忘れてはならないのが、バルセロナは実際に純粋な被ファウル(それもかなり悪質な)も多いことです。

現場、中でもペップなら、選手を守るためにもより判定が正しい形で行われることを願うでしょう。
年間せいぜい1~2試合で得をしても、それ以外の5試合で選手を削られて負傷者が出てしまうほど、ペップにとっては100倍頭が痛い問題のはずですから;

余談ですが今回の更新、バルセロナサポーターさんから思いの他好意的なご意見をたくさんいただいたのが印象的でした。
今季はこうした形で、どこか後味の悪い結末に終わってしまいましたが・・・
来季は万人が納得のいく決着で終わることを切に望んでおりますw

>こやたさん

同感ですw
すべての問題は、必ずどこかで繋がっていると自分も感じます。

だからこそ、自分はあれもこれもと口出ししようとして、記事の文量が膨らみ更新も苦しくなる(-_-;)
この点本当にまとめるのが下手で・・・
まったく情けないorz

メディアに対して必要以上に噛み付く、あるいはメディアの流す情報の中で都合のよい情報だけを摂取し、他は攻撃するというファンの数が実に多いのも気がかりです。
これはフットボールファンに限らず、まぁ現在の人類全体に見られがちな光景ですが・・・(´Д`;)

突き詰めれば今のこうした状況を作り出しているのは、我々ファンに一番の責任があること。
これだけは自覚しておかなければいけないと、常日頃から感じております。。。

思うところをとにかく何でも詰め込めば、確かに一冊二冊ぐらい、ハードカバー程度の文量には膨れ上がってしまいますねw
自分のそれでは売り物にはならないでしょうが(笑)

>junchangさん

審判問題をここまで放置してきたツケが、またぞろいったいどれだけのチームのスタッフ、選手、サポーターに及んでいるのか・・・
その苦しみを解せず放置しようとしてきたFIFAもUEFAも許しませんよ(笑)
コストその他問題を考慮はしますが、それにしても怠惰に過ぎましたからねw

それでも、最終的な判断は人間の手に委ねられます。

審判の責任の大きさ、割のあわなさは今後も変わることはない。
だからこそ、大試合で毅然とした態度を取り、同時にピッチ内だけでなく環境まで考慮にいれたレフェリングを行える審判には、大きなリスペクトを抱かずにはいられません。

サッカーマガジンだったかな・・・
毎週Jリーグの審判各人のジャッジングを判定する評価コーナーなどを掲載している雑誌なども出てきており、自分も以前よりもっと審判についてはあれこれ考えを巡らすようになりました。

さて・・・この先バルサ、Rマドリー、それにUEFA・FIFA。

それぞれどこが何を、どう動かしていくのでしょうね・・・・・
2011/05/05(Thu) 22:12 | URL  | 白面 #-[ 編集]
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