インテルやカルチョに関する話題多め
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※(1)より続く

(3)「由々しき問題」編

最初の大きな問題は、対バルセロナ戦の戦歴が芳しくない点だ。

確認になるが、今季頻発したクラシコ5試合の通算成績は、マドリーの1勝2分2敗。
そのうち貴重な1勝はタイトルがかかった直接の試合であり、そこで勝利できた意義は大きい。

それでも負け越してはいるものの、そもそもの土台が違い過ぎる両クラブを、同じ土俵の上で戦わせることそのものに無理がある。
最低限の責務は果たし、善戦したと見るのが筋ではないか――――

――などと考えられるのは、現地で応援していない一部のファンだけだろう。


モウリーニョが、レアル・マドリードがこのシーズンで負け越した5戦、

それはエル・クラシコだ。


そこには如何なる理由、言い訳も存在することを許されない。
第3者、あるいは筆者のような2.5者には主観・客観入り混じった評論を下すことができても、当事者にとっては地獄の責め苦のような結果だ。

以前も言ったように、エル・ブランコがモウリーニョに白羽の矢を立てたそもそもの理由のひとつが

対バルセロナ用決戦兵器:アンチ・マテリアル・バルサ

なのであるから、これはいかにも物足りない結果である。



例えこの短い期間で、彼に取れる唯一無二の手段を全力で遂行しようと務めていたのだとしても、ファンの感情はそんなことで押さえ込めるものではない。

これを読んでくださっている皆様が、果たしてどのクラブの、どういったサポーターさんなのか(あるいはフットボールファンではないかもしれないが)は知れないが・・・
あなたの周りにもいるだろう。
時に理不尽な、時に極めて手前勝手な解釈の元、まともに現状の精査もせずに、クラブや指揮官、選手に当り散らすような人間が。

自分なりに理屈は立てようとも、

では何をどうすればうまくいくのか?その責任を取れる、と断言できるほどの妙案があるのか?

と問われれば、多く言葉に詰まってしまう――
あるいは意気揚々と自説を展開するも、それがまったく非常識な理の元で作られた眉唾であるような輩が。


フットボールファンとは、多かれ少なかれそうした性質を持っているものだ。


逆に言えばどのような形でクラブを愛し、接しようとも、人の世の道理に反した方法でなければ構わない以上、それもまたひとつの現実として受け止めなければならない。

それがすべての指揮官、すべてのフットボーラーに共通する責任であり、
此度ジョゼ・モウリーニョが指揮を執ることになったクラブは、それが世界で最も苛烈なレベルにあるクラブなのだ。


・・・非常に身も蓋も無い言い方をしてしまえば、モウはうまくこの問題に対処した。
ただし、本人以外の人物がとても手放しに褒めてはくれない、「誇り高き」振る舞いから一線を画すやり方で。

例えば欧州CL決勝トーナメント、ベスト4ラウンドでの「Hell・クラシコ」である。

彼は審判を叩き、判定の問題点を強調することで、チームの抱える問題点を”隠した”。
すり替える、とは少々性質が異なる。”隠す”が適当だろう。

無論、発言の何割かは本心であったろうし・・・
実際にバルセロナ側も、自身の潔癖を主張したところでそれが万人に認められるほど、過去すべての試合で完璧な勝利を収めてきたわけではない。
過去何度も、何度も判定に助けられてきたことは事実だ。それは以前書いた通りである。




が、それはあくまでバルセロナの問題だ。

モウリーニョが、レアル・マドリードというチームが抱える問題自体は、些かも解消されていない。


一連の過激な発言や問題提起には、そうしたチームのウィークポイント、マネジメントの限界が槍玉に挙がることを逸らそうとする意思がまったくなかったとも言わせない。

選手を守るため?
サポーターの悲しみを和らげるため?
感情を爆発させ、自身を鼓舞、あるいは慰撫するため?

おそらくこれらすべての何割かは事実であり、同時にどれも完璧な解答ではないのだろう。

他方、様々な要素の絡み合う中、モウリーニョが情報戦による闘争を選択したことは事実である。
いいか悪いかという問題ではない。
唯一、彼が

周囲からどれだけ叩かれようと、これだけネガティブに振舞わねばならないほど状況は切迫していた

というひとつの事実こそが事の本質なのだ。


このテーマ、実はその他の損失とも非常に関係の深い、ある問題を抱えている。
詳しくは、日を改めて展開することにする。



次いで対リーガ効率、リーグ戦で得られた勝ち点の限界・・・
というより、リーグ戦で失った勝ち点の多さに言及したい。

この問題については、シーズン開始前に筆者は自分なりの結論を得ている。
詳しくは
こちらをご参照いただきたい

ようは、モウ・マドリーの戦い方は、スペイン・リーグの適性における最適解ではないのだ。
もっと言ってしまえば、スペインの文化に合っていないのだ。

先に書き置いた「比較文化論:スペイン編」でも触れた通り、同国のフットボールにおける理想系は

極限まで攻撃性を高めた点の奪い合い

である。
イタリアを制するのに守備力を必要とするように、ここスペインでは攻撃力の特化が至上命題ということだ。

1度でも多くの決定機を。
1本でも多くのシュートを。
1点でも多くの得点を。

それがスペインフットボールの、根本的な性質だ。
数多のスペイン人が求める、フットボールにおける根源的な喜びとなる。

それはスポーツ論ではなく、文化論ではないか?
とお叱りを受けてしまうかもしれない。

否。
文化論と侮ることなかれ。両者は切っても切り離せない関係で結ばれている。

何故か?
究極的に言えばリーガ・エスパニョーラという舞台は、

子供たちに幼少の頃から”ゴールの奪い方”、ゴールの重要性を徹底して教え込み、

その意思・フィロソフィーに反する【守備的な振る舞い】をある意味では唾棄、時には『駆逐』すらし、

そうして育てられたフットボールに関わるすべての者達が、その基準に基づいて同リーグを作っていく


ことになるからだ。

例えば審判は、守備を容易にする振る舞いに厳しくなる。
それは激しいフィジカルコンタクトであったり、守勢に回ったチームに対する判定の辛さであったりと様々だ。

この点でモウ・マドリーは、明らかに最適解とは程遠い道を歩んでいる。



解かり難ければ、日本人の道徳や美徳に置き換えて考えてみればいい。

混雑した電車の中でご老人に席を譲らぬ者と譲る者。
我から己の功績を主張する者と、淡々と日々の仕事に励む者。
自身の主張をなんとか純度の高いまま、あの手この手で通さんと画策する者と、他者の主張を聞き入れて穏便な解決策を模索しようとする者・・・

価値観の多様化や世代の違いなどあっても、多く日本という土壌で好ましい受け取られ方をされるのは、すべて後者のような振る舞いである。

日本社会そのものが、こうした人物像に人を育てるべく

機能している以上、異なる価値観や道徳観の元で活動する者は、当然アウトサイダーとしての評価、異物としての扱いを受ける傾向が高くなる。



モウ・マドリーが抱えている問題は、つまり、これと同じ構造であるということだ。

下位クラブからの取りこぼし、勝ちきれない試合が増えるのは、この国のフットボールが
「2点を失っても、3点を取れば問題ない」
メカニズムで動いているからであり・・・

度々判定に泣かされるのは、

スペインの審判が守備的な振る舞いに狭量であり、また自ら主導権を握りたがる、プライドまたはエゴの強いパーソナリティを有する者が多い

ことが一因として挙げられる。

メディアの扱いもまた、こうした文化の下に判断が下されることになる。
レアル・マドリードは幸いにして(あるいはジョゼ個人にとっては、不幸だったかもしれないが)、国内最大のスポーツメディアであるMARCAに絶大な影響力を持っている。
アスやムンド・デポルティボのようなバルセロナ寄りメディアからの攻撃はともかく、国内発行部数の半数近くを誇る同新聞が好意的に活動を取り上げてくれることは、ある意味ではモウにとって救いになったろう。

が、ある意味ではマイナスかもしれない
あるいは、ジョゼ・モウリーニョという人物の、自己主張が強烈過ぎる振る舞いと守備的な組織整備が、スペインという土壌では十全に機能しないことに、本人が気付くきっかけを失わせている元凶かもしれないからだ。

その可能性を完全には否定できまい?

モウリーニョとて人間だ。
環境には大きく影響される。
孤高ではなく独善になってしまう危険性は、常に存在している。

無論・・・これは最悪のケースであり、筆者も現在にそうであるとは考えていない。
本当のところは、

スペイン国内だけでなく欧州の舞台、そして何よりも現在のバルセロナと戦う上で、守備力の向上が必要不可欠

という意思による、土台固めの意味合いが1年目は強かったためと考える方が自然である。
その方が、他の様々な事象について考えるに当たっても筋が通りやすい。

とは言え、それにしてもインテルで過ごした2年間に比べ、どうにもチーム整備や、得点力向上の取り掛かりに遅れた感は否めない。

選手もファンも何もかもが異なり、成績上の上ではそもそも挑戦者として絶対王者・バルサに挑んだ今季と、既にリーグの勝者であったインテルの場合とを、同列に語ることはできないかもしれないが・・・
インテルにおける1年目の期待外れ感に比べ、エル・ブランコのそれはより「実の少ない、または小さい」シーズンであったような印象を、今現在のところは抱いている。



最後にピッチ外でのトラブル、『モウリーニョ劇場』の大炎上については、もはや語るまでもないだろう。


やり過ぎだ。


その発言の裏に様々な意図が隠されているとしても、本意ではないことをあえて口にすることがある人物だとしても・・・
自分のようなモウリニスタの目から見てさえ、

これはまずい

と感じたのだから、それはやはり大きな問題と言うことができる。

彼の振る舞いがこうしたネガティブ(相対的にチームにとってメリットが上回る状態をポジティブな作用、とすれば)な方向に偏り過ぎたのには、いくつかの理由が考えられる。
昨年末に刊行した『孤独のミステル』内でも触れた内容が含まれるが、一度整理しておく方が解りいいかと思うので、まとめて見ていくことにする。


ひとつはイタリアという戦場で2年間、苛烈な戦いを続けてきたことの後遺症だ。

朱に交われば紅くなる――とはよく言ったもので、あれほど毛嫌いしていたイタリア文化にどっぷり浸かり、意図せぬところでそれが悪影響を及ぼしている。
現在のモウからは、そうした側面を垣間見ることができる。

正確には、イタリアの文化、慣習に反発しようとし、自身のパーソナリティを維持・及びチームを守るために変質したというのが正しいのだが・・・
どちらにしても、イタリアに来る以前と去った後では、明らかにその立ち振る舞いに変化が見られる。

非常に神経質で、ことさらに攻撃的だ。

挑発的、ではない。
攻撃的なのだ。時に暴力的とすら感じられる




ここからは、しばし完全な主観になるが・・・

例えばイタリアにおけるインテルは、ビッグクラブではあるがベストクラブではない。
同時に先の連載でもお話しした通り、イタリアの中小クラブは非常に手ごわく、また誇り高いため、ある意味では
「ケンカとして成立しやすい」
図式があった。
有力ガキ大将の一角と、小柄ではあるが気の強いワンパクとが対立するような構図である。

一方、スペインにおけるレアル・マドリードは、言うまでもなくオンリー・ワンだ。
バルセロナが現状、これだけの隆盛を誇っていてもまだ、

バルサとマドリー、入るならどちらを希望する?

と問われて、後者を選ぶ選手の方が多い現実――
これを考えねばならない。
エル・ブランコがスペイン、そして欧州のフットボール史に刻んできた歴史の足跡は、栄光はそれほど絶対的なものなのである。

だが、モウはイタリア時代、インテルにいた頃と同じように喧々轟々なやり取りを繰り返す。
絶対的な強者が、まともに戦力差を比べてみれば試合前から相手が白旗を揚げてしまいかねない、そんな戦いにおいてまで

「このカスが!くたばれ!!」

と罵っているも同義の振る舞いである。
多くの人が大人気ない、みっともない、好ましくない・・・と、眉を顰めるのも道理と言うべきだろう。




インテル時代はよかった。
インテルが多分にイタリア的でなく、また“ベストでないことが幸いした”からだ。

人々の脳裏に刻まれているのはミランとユヴェントスによる勝利の記憶であり、インテルはあくまで一時、カルチョポリの影響でのし上がってきた『1.5流』に過ぎない。
他のクラブからある意味では排斥・差別される対象でもあったため、皮肉にもクラブ内においては、現場とサポーターが一丸となりやすい環境も、【戦争的】な振る舞いを見せるモウリーニョにとって非常にポジティブに働いた印象がある。

翻って、エル・ブランコの場合はそうではない。

絶対的な王者として、雄大に、そして誇り高く。
あくまでイメージの話なのだが・・・

相手が用意してきた策と、同じ方法で上回って勝つこと、つまり圧倒しての勝利

が同クラブには義務付けられている、そんな感覚を覚えるのだ。
より正確に言えば、

正攻法、取り分け攻撃的な振る舞いを持って相手を粉砕すること

と定義づけられるか。

結果至上主義のイタリア、インテルにおいては許された「搦め手」による勝利が、ここスペインでは、レアル・マドリードにおいては唾棄される。
最高の選手を揃えた最高のクラブなのだから、最高の勝ち方、誰の目にも明らかな圧倒的な勝利を望む傾向が強くなるのは必然――
それ故のギャップなのだと自分は考えているのだが、皆様は如何お考えだろうか・・・?


インテル時代、あるいはチェルシー、ポルト時代との決定的な違いは、このように彼の振る舞いがポジティブな作用よりも、トータルでネガティブな現象を生み出してしまっていること。
ここに、ひとつ大きな問題があると思う。

サポーターが背中を押してくれさえすれば、フロントが支えてくれさえすれば、チームは無限の力を発揮するものである。

その意味ではチェルシーもインテルも、ポルトも理想的な環境だったろう。
クラブを取り巻く様々な要因も、クラブそのものの性質も、よい形で機能してくれることが多かった。
ここら辺、モウリーニョ本人が

私は主流よりも、ロビン・フッドのように巨大な敵に立ち向かうことを好む

と語っていることを考えると、非常に納まりがいい。
自分たち以外のすべてを敵に回して突き進むことを是とする男なだけに、自分自身が圧倒的強者に置かれることは、そもそも人間としての方向性が合わないのかもしれない。



守備を重視した戦術だけでなく、こうしたピッチ外での振舞いがサポーター、取り分けアナリスタに与えた影響は小さくないだろう。

彼らにとってのエル・ブランコとは、すべてを圧倒する・・・それこそバルセロナなど足元にも及ばないような偉大なクラブの姿のまま、心中に存在しているのだ。
モウの振る舞いなど官民・警察機構がマフィアの如き暴虐を働くのに等しい振る舞いに映ったのではないだろうか。


思えば、チェルシーには土台らしい土台が何もなかった。
モウリーニョがやってきて、作り上げたものこそが土台だった。

インテルも同様だ。
長らく勝利から遠ざかり、王者となっても満たしきれない部分を3年間という長い時間の中で見つけ出した矢先、モウリーニョがやってきてその空白部分を満たしたことの意味は小さくない。

だが、エル・ブランコには最初からその土台があった。
チームに土台はなくとも、人々の心の中には「こうあるべき」という、理想の姿がはっきりとあった。

故に古いファンほど、“自ら土台を、文化を作り上げようとするモウリーニョの振る舞いは実に気に食わない”。
指揮官を支持するのは多くは若いファンであり、勝利に飢えていたエネルギーの有り余った者達である。
目の前の勝利を渇望しなくとも、過去の美しき日々に浸るだけで一定の満足を得られるような人々ではない。


幸いにして、現会長や多くのファンはモウリーニョを支持する立場にある。
が・・・クラブの歴史を作り上げてきたオールドファンは手ごわい。
これまでに声を挙げてきた者達は氷山の一角であり、

「口にこそ出さないけど実は・・・」

と感じている者が、後どれだけいるのかもわからない。
そもそも、

こうしてクラブ内部にごちゃごちゃとした問題を抱えること自体が極めてネガティブ

であることは言うまでもない。
その分だけ、ピッチ内に回せるはずだったエネルギーを、情熱を、時間を、あらゆるコストをピッチの外に奪われることになるのだから・・・


今回はここまでである。
次回をまとめとし、今シーズンの総括としたい。

内容は数々の問題を考慮した上で見えてくる、"最も懸念すべきこと"をいかにして解決するか?
これがテーマとなる。

続く

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クラブと同じように、自分もシーズンを終えるには条件が揃ったかな・・・という感じで(;´ー`)

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【2011/06/04 23:17】 | モウリーニョなこと
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パパンダ
読み応えのあるエントリでした。
そういえばスペインのマドリディスタの作家に痛烈に批判されてましたね。まあでもMARCAが擁護姿勢なので大丈夫なんではないでしょうかね。モウなら。

個人的には結果でても出なくても3年はやってもらいたいですけどね。ペップもね。ペップは来年で終わりって噂ありますけど、どちらかが勝ち逃げみたいになってほしくないですね。その方が勝者が明快にならないと思うんですよね。対戦数が増えたほうが。今年でモウがやめてたらモウが敗者だし、来年ペップがまた勝ってやめちゃったら勝者&勝ち逃げ感が強くなるし。もちろんモウが来年勝ってやめても勝ち逃げ感ありますしね。両者いいライバルだったと後年語り継がれるのを期待したいな

Re: タイトルなし
白面
コメントありがとうございます。

健全なライバル関係が構築できるかどうかは、両者の今後とリーガの対応次第かな・・・という気がしています。
試合が終われば、で多くの関係者と良好なフィーリングを形成することで知られるモウですが、ペップ及びバルセロナを相手に今シーズンやってきたこと、やられてきたことを考えると・・・(-_-;)

まずは来シーズンがどうなるか、ですね。

そこで必要以上のストレスを抱えなければ(苦笑)、口プロレスしてる一方、舞台裏で談笑できるぐらいの余裕は生まれるんじゃないかな、って。

そうした余裕ある振る舞いが、純粋なスポーツ的な関係が、よいリーグを形成してくれると思っているのです。

最終的にはカルチョでも、同じようなことはできましたから・・・

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読み応えのあるエントリでした。
そういえばスペインのマドリディスタの作家に痛烈に批判されてましたね。まあでもMARCAが擁護姿勢なので大丈夫なんではないでしょうかね。モウなら。

個人的には結果でても出なくても3年はやってもらいたいですけどね。ペップもね。ペップは来年で終わりって噂ありますけど、どちらかが勝ち逃げみたいになってほしくないですね。その方が勝者が明快にならないと思うんですよね。対戦数が増えたほうが。今年でモウがやめてたらモウが敗者だし、来年ペップがまた勝ってやめちゃったら勝者&勝ち逃げ感が強くなるし。もちろんモウが来年勝ってやめても勝ち逃げ感ありますしね。両者いいライバルだったと後年語り継がれるのを期待したいな
2011/06/05(Sun) 13:53 | URL  | パパンダ #-[ 編集]
Re: タイトルなし
コメントありがとうございます。

健全なライバル関係が構築できるかどうかは、両者の今後とリーガの対応次第かな・・・という気がしています。
試合が終われば、で多くの関係者と良好なフィーリングを形成することで知られるモウですが、ペップ及びバルセロナを相手に今シーズンやってきたこと、やられてきたことを考えると・・・(-_-;)

まずは来シーズンがどうなるか、ですね。

そこで必要以上のストレスを抱えなければ(苦笑)、口プロレスしてる一方、舞台裏で談笑できるぐらいの余裕は生まれるんじゃないかな、って。

そうした余裕ある振る舞いが、純粋なスポーツ的な関係が、よいリーグを形成してくれると思っているのです。

最終的にはカルチョでも、同じようなことはできましたから・・・
2011/06/06(Mon) 23:35 | URL  | 白面 #-[ 編集]
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