インテルやカルチョに関する話題多め
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前回のコラムでは、イングランドにおける美徳、言い換えれば

「サポーターがフットボールに求めるもの」

について、自分なりの見解を語ってみました。
批判反論、なんでも受け付けますが(笑)、少なくとも自分の目にはそう見えている、という意味では真実かと思います。


翻って、今回はイタリアの話。
マンチョが生まれ育ち、最初に監督としてのキャリアをスタートさせた地です。

これはもう、自分以外の何人もの有識者から、同じようなことを繰り返し言われていることですが・・・
イタリアではまず、勝つこと以上に

「負けないこと」

が求められます。
極端な話、アウェーでは全ての試合に引き分けで上等。ホームで勝てばそれで勝ち点計算できるじゃん?
というように考えている人が、決して少なくありません。

これはもう徹底して顕著な傾向で、単純な勝敗以外――
例えば、外資の参入に対する抵抗感の強さなどでも、同じことが挙げられます。

経営状態の危うさとの関係上、特にミランやローマは何かと売却だ、オーナー交代だと騒がれますが・・・
自分はこの点には、いささか以上に懐疑的です。


カルチョにおけるチームとは、ただ応援するだけの対象ではなく――言うならば、自分を投影するもの。

自分がインテルの(世間一般的な解釈では)ネガティブな部分を愛し、一方でポジティブな部分に憧憬を抱き、人生を過ごす上での糧としているように、チームとはそのサポーター自身の『顔』であり、皆の代表です。

それを外資企業に奪われたとなれば、これはもう金で体や尊厳を売り払ったも同義。

売却話自体はあり得ても、少なくともアラブの王族がどんなにお金を大量に積んだところで・・・政治的な側面や、社会的な信用の重要性からも、ベルルスコーニやセンシ家がチームの即時売却に応じるというのは、とても考え難い事態です。


他者に譲ってなるものか。

他者に敗れてなるものか。


これがカルチョにおける基本姿勢であり、ある種の生き様でもある。
言うならば、勝利を求める気持ちよりも、

自分が負けることに耐えられない

という思いが、圧倒的に強いこと。
これがカルチョに共通する性質です。言うならば、リターンを得ること以上に、圧倒的にリスクを嫌うマインドが浸透している、とお考えください。


少々脱線しての蛇足になりますが・・・加えて言うなら、これに

自分が屈辱を受けている一方、栄光を掴む者が妬ましい

という精神も、少なからず存在しています。
これがなければ、これだけリーグ全体でやれ訴えだ、やれ不正だ・・・と、問題が噴出することはありません。

他の国では、レアル・マドリーとバルセロナのような例を除き・・・
ほとんどの場合は国際舞台での成功を、ライバルチームであっても

「自国リーグのチームなのだから・・・」

と、歓迎まではいかなくてもポジティブに捉えるファンは多いです。
ひいてはそれが自国リーグの、フットボールの反映に繋がることと彼らは知っており、また自分達がCLやELなど、国際舞台に出ていけるチャンスが増えることを賢明にも理解しているからだと思います。

ですが、イタリアではそれがない。
国際舞台以上に、まず国内リーグでライバルチームに負ける、もしくは出し抜かれるような真似は絶対に許されない。

CLはともかくとして、ELに対する軽視は顕著で、ELに出場してきた中堅~ビッグクラブは揃って敗退続き。
これはELという、CLに比べていささか以上に劣る(と、イタリア人はまるで関心を示さない)コンペティションに向けて勢力をし、労力を注ぐよりも、カンピオナートで一つでも順位を上げ、あわよくば翌年のCL出場へ・・・と考えるチームが大多数だったためと思われます。

その結果、UEFAのリーグランキングでの位置付けを年々危うくしていき、とうとうドイツに抜かれて第4位に転落→CL出場枠削減の秒読み段階に入っているのです。
・・・まあ、イタリアの国際競争力の低下は、例のカルチョスキャンダルの影響が特大だったとは言え・・・この問題は、もっと根が深いものと自分は感じてなりません。
が、ひとまず今回は置いておきます。



話がずれてしまいましたが(申し訳ないですorz)、ようはここまでのことを、マンチョに関連づけてまとめるとこうなります。
つまりロベルト・マンチーニという人は、


・徹底して、まず負けないことを求められ、

・負ければ否応なしに叩かれ、恨みを買い、

・自分が成功する以上に、相手に成功させないことを考える人が少なくない


、そういう土地で過ごしてきた人。
そして、もろにそういう体質を内包した人ということです。

マンチョがマンCで見せるスタイルは、あまりにもリスクを嫌いすぎている。
これは自分も感じていた所です。

徹底して最終ライン付近のスペースを埋め、攻撃は前線のタレントの個人技頼みになる傾向が強く、中盤はソリッドで、技術性の高い選手を置いている割には、創造性に欠ける(物足りない、とも言えるかもしれません)。
まるで一昔前の、ロングボール主体でガチガチに守ってカウンター狙いだったころのカルチョを見ているよう・・・

その姿勢から伺い知れることは、自分が今いるリーグに共通するメンタリティよりも、自分自身のメンタリティを徹底して尊重するということ・・・
逆に言うと、他者を理解することに労力を割かず、自身の考えや思考を絶対のものとして位置付け、動かさないということにも繋がるのかもしれない、と自分には思われます。

マンチョ

マンチョは典型的な、イタリア的メンタリティの持ち主。今後もおそらく、その根幹が変わるとは考え難い・・・

この点がマンチョと、モウとの決定的な違いでしょう。

モウは自分の好みこそあれ、その国々で求められるもの、結果を残すために最も効率のよい手段を学び、迷わず選択できるだけのパーソナリティを備えている。

一方マンチョは、半年以上経った今でも、これだけの駒を与えられても、まだプレミアで求められるスタイル、"美徳"と、自分自身との折り合いがついていない。
負けなくても観客からは非難されるリーグなのに、負けないことを第一に考え、

勝つことはあくまで、負けないことの延長

でフットボールをしてしまっている。
これでは、プレミアという土壌では批判されて当然ですし、結果が落ち込んでいくに従って・・・解任の芽がみるみる膨らむでしょうorz
結果が出ている間は、なんとか続けさせてもらえると思うのですが・・・><;


できれば自分はそうなって欲しくないし、この機会にもっと彼にプレミアの文化を楽しんで欲しいとも、勉強して成長して欲しいとも思っています。
なんだかんだ言っても、昔は同じ釜の飯を喰った仲というわけではありませんが・・・彼にも愛情を持っているし、感謝もしているからです。

ですが、正直に言えば、おそらくこの望みは叶わないんじゃないかな~・・・とも感じています(;´Д`)

彼の性格、性質、パーソナリティを総合的に考えれば、例え勝ち点を積み上げていけたとしても、最後までプレミアを理解し、楽しむところには到らない。
英国では、フットボールは情熱や喜びを持って受け入れられるスポーツなのに、彼の心も、思考も・・・いまだにカルチョのまま。

不安や人生の葛藤、自分の裏表を写す鏡のように、そこにある。

何かきっかけがあって、これが劇的に変わるようなことがあればいいのですが・・・
多分、無理だと思います。彼、繊細で神経質なところもありますけど、基本的には頑固な人ですから・・・(苦笑)

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【2010/09/20 08:47】 | 他国リーグや各種協会・組織なこと
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