インテルやカルチョに関する話題多め
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

※前回「2011川崎F総括「その6 フロント編『ミス・マネジメント(前)』」より続く※

前回に引き続き、川崎Fフロントの問題点を精査していこう。

今回はまず、選手の獲得、放出の基準・方針について話していくことにしよう。
これは単純に自分の好みの問題もあるが、そうでない問題の方が大部分である。

先にもお話した通り、ヴィトール・ジュニオールをあっさりと手放したことに関しては、未だに納得がいっていない。
これには複数の理由があるが、時間の都合上、今回は「チーム原則の事情」に関する部分だけお話ししようと思う。

具体的に言うと、ジュニーニョと別れるタイミングと用兵がそうだ。

昨シーズンの時点で、すでにジュニーニョの加齢による衰えは明らかだった。ポイントゲッターとしてはともかく、単独での局面打開&得点、ポストワークと、すべてのタスクを要求するには、無理があり過ぎることは目に見えていた。

そんな状態の中でも、ジュニーニョと契約を延長するのであれば、ジュニーニョの活用法について、もっと真摯に考えるべきだったのだ。

例えばジュニーニョの守備の負担を軽くするために、相馬が4-4-2のトップのシステムを採用することを踏まえ、前線には
労働
を厭わないセカンドトップを獲得すべきだったろう。
一方、フィニッシュワークを要求するのであれば、運動量とチャンスメイクに秀でた選手を確保しておくのが上策と言える。

ジュニーニョや憲剛らは、チーム随一の高給取りなのだ(それでも能力を考えれば、破格に安価ではあるが)。
フロントは当然、新指揮官にその具体的な活用法、アイデアを提示させ、それに見合ったチーム構築を進めていかなければならないし、当然その話し合いは行われた上でグループの整備が進められているものだと、自分は信じて疑わなかった。
(ここでいうグループとは、選手のメンバーリストだけではない。コーチや強化部他、各セクションを統合的に見た際の総称を意味する)

だが、現実はどうだ?

ジュニーニョの起用法で迷走し、憲剛を十全にサポートできるシステムにはなっておらず、前述した通りCB2人には、労多くして功の少ない負担ばかりをかける指揮官。
自身の理想実現に逸る指揮官の抑え役にも、参謀役にもなれないコーチ陣。
相次ぐ負傷者、失われていく士気。

この惨状を、皆様はどう見るのだろうか……?


少し話が逸れてしまうが、チーム作りには、大きく二つのやり方がある。

財政その他、クラブの事情を優先して選手を集め、その中で指揮官が最適解を模索していくやり方と、

指揮官が好むスタイル実現のため、必要なピースを集める形で、クラブ側が人員の補充・整理を進めていくやり方だ。

この両者に、明確な優劣はない。
単純にアプローチが異なるだけで、どちらの道を通っても、頂きを目指すことはできる。
どちらかに一方的に偏ってしまうことは、現実的に言ってあり得ない。ただし、指揮官をリストアップする時点で、クラブ側が大まかな方針を伝え、綿密な意思疎通、アプローチの確認をしておかなければならないことだけは確かだ。
無論、ここが明確になっていればなっているだけ、安定したチーム作りが可能になることは言うまでもない。

だが、川崎はそれがまったくできていなかった。

相馬に選手を見る目がなかったのか、フロントが相馬の実力を過信、あるいはそこまで真剣に“こと”を考えていなかったのか。
あるいはその両方か。

何にせよ、この時点ですでに、今シーズンは大きく躓いていたことになる。
目標設定を、達成目標の優先順位をはっきりしていなかったことと併せて、川崎の停滞は必然だったと言える。


閑話休題。
結論から言えば、齢34を数えるジュニーニョに、攻撃に纏わるすべてのタスクを負わせたことはチームにとって自殺行為であり、致命的なミステイクだ。
少なくとも、いくつかのタスクを削り、本人の負担を減らしてやれなければ、彼の能力を十全に発揮させることは不可能だったと言える。

シーズン中、ジュニーニョの決定力が落ちたと嘆く声、彼を責める声が多く聞こえたが、すべてを彼の責任にするのは大いなる間違いだろう。

フィニッシュ時に、彼がチャンスを決めきるだけの体力・集中力、マークの分散といった必要な要素を、チームは揃えきれなかったのだ。
彼に他の負荷を多重にかけ、奪っていった、指揮官の用兵にまず問題がある。

その末に、苦しみ抜いたジュニーニョとこのタイミングで別れざるを得なくなってしまったことには、今もって忸怩たる思いを抱いている。

極論だが、それならば昨季終了の時点で、完全に袂を分つていた方が、まだ救いようがあったのだ。
「出直し」という点で、徹底した予算削減も可能になっていたことだろう。

今季の川崎とは異なる環境、状況下で、十全なサポートを得てポイントゲッターとしての仕事に集中さえしていれば、彼はまだまだJ屈指のストライカーだったのだから。
あの鹿島が獲得候補のリストアップに揚げたという一事が、彼のクオリティを証明している。



そして、指揮官がジュニーニョの負担を軽くするための一手を打てなくしたのは誰だ?

ジュニーニョの周囲を動きまわり、彼が侵入できるスペースを創造し、彼の守備のタスクを肩代わりできるだけの献身性を持った選手を与えなかった、フロントの責任は重い。
実際、川崎にはそれがかなり高いレベルで、可能な選手がいたのだから。
本人もクラブに強い愛着を持ち、能力から見れば決して正当とは言えないサラリーでも納得し、グループの一員として全力を尽くしてくれる選手が。



そうだ。
本当にタイトルを狙う気
があったと言うのであれば、ヴィトール・ジュニオールをいとも簡単に手放したことは、川崎にとって痛恨事だったということだ。
他の何よりも、優先して手元に残しておかなければならないピースのひとつを、みすみす自ら溝に捨てのけたということである。

明らかに質・量共に不足していたCBの補強を怠ったことと併せて、ナンセンス極まりないマネジメントだった。


筆者がこの種の話をすると、

お金がないから仕方がなかったんだ

といったことを理由に、フロントの動きの正当性を主張してくる方がいらっしゃる。
が、自分にとってはこれはまったく正しくない。
説得力が皆無な、フロント側の都合のよい言い訳だ。

先にも述べた通り、それなら目標設定を、より現実的な所に置けばいいのである。

若手育成に注力するシーズンになるので、コンスタントにタイトルレースに加わることは難しくなるが、暖かく見守ってやって欲しい

とでも言っていれば、筆者は喜んでその旨を歓迎していたことだろう。
相馬という監督そのものを“育成”することと含めて、1からサイクルを刻み直す、明確な意思表示となったからだ。

だが、2011年初頭時の陣容とフロントの発言を精査すれば、先のような

優勝

を目標に掲げて進むという宣言は、もはや詐欺まがいの虚言とすら言える。

本当に予算がなければ、何故ペーペーの新人である相馬に、あれだけの給金を支払っているのだ?

本当に若手を育成する気があるのであれば、何故若手育成に定評のあるスタッフを揃えない?
インフラ整備、その他体制の構築に、何故より一層の力を注がないのだ?

本当に優勝を狙う気があるのであれば、何故痛みを伴うマネジメントを施工しない?

言うこととやっていることが、まったく支離滅裂なのである。


目指す栄光が大きくなれば大きくなるほど、払う犠牲もリスクも大きくなる。
その覚悟も抜きに、タイトルを語るなど言語道断だ。
一度タイトル獲得という目標を口にする以上は、相応の準備と覚悟が必要となる。

目先の予算内で収支をトントンにしたやりくりを、といった
帳尻合わせ
的なフロントの姿勢は、そのまま現在のチームに反映されているではないか。
海外の先人たちから忌み嫌われる、

リスクを恐れて挑戦をしない日本人

の縮図とも言える、腰の引けたマネジメント。
それが川崎の現状である。

だからチームのフットボールから、ハングリー精神は少しずつ……だが、着実に失われていっているのだ。
少なくとも、筆者にはそのように感じられてならない。

タイトル獲得に失敗すれば痛手を負うのは、世界中どのリーグでも、クラブでも当然の理である。

あまつさえ川崎は、資金力で他のビッグクラブに、到底太刀打ちができないクラブだ。

どこかでリスクを承知の上での投資を行わない限り、到底優勝など成し得ない。
後はどこで腹をくくるか?
筆者に言わせれば、ただそれだけの単純な話なのだ。


これは、今に始まったことではない。
川崎フロントの悪しき慣習である。

例えば最も大きな失敗は2009シーズン、

若手のチャンスを広げたい

という理由で、大橋正博と契約を延長しなかったことだった。

これは、筆者にとって未だ忘れ得ぬ大きな失敗であり、傷だ。
スーパーサブとしては理想的な、これ以上ないクオリティを持った選手だった。強烈な牙を持った選手だった。



彼がいてくれれば、あの年、最後の最後でわずかな勝ち点差に泣くことはなかっただろう。
自他共に認める、最もクオリティと創造性を感じさせるフットボールを展開しておきながら、タイトル獲得のための注力と若手育成を両立させようという中途半端な姿勢で挑んだツケ払いを、まさに

画竜点睛を欠く

が如き失態で、我々は悲願の初タイトルを逃したのだ。
思えば、自分がフロントへの不信感・猜疑心を抱いたのは、このミス・マネジメントがきっかけだった。


今回の失敗も、また同じだ。
目標設定を優勝か、若手育成かのどちらかに絞り、それに合ったマネジメントを施工していれば、ここまで中途半端なシーズンにはなっていない。

古人曰く、

失敗は成功の元

である。フットボールの世界においても、それはまったく同じことだ。
むしろ失敗を恐れず、チャレンジを繰り返さない限り、栄光を手にすることはできない。

だが、失敗から学べない限り、学ぼうとしない限り、次の成功はあり得ない。

謙虚さを持って失敗の原因と、そのメカニズムを解明しない限り、敗北を成功の礎とすることはできない。

冒頭申し上げたのは、それが故の「勉強不足」であり、「傲慢」さだったわけである。



結局、2011シーズンの川崎フロンターレに最も欠けていた要素は、
覚悟
だったと思う。

フロントは、タイトルが獲れなければ赤字を計上することになることを覚悟した上での投資はできなかった。
関塚が去り、継続路線で迎えた高畠前体制がああいった形でシーズンを終えた時点で、ひとつのサイクルが終わりを迎えようとしていたのに、新たなサイクルに踏み出す覚悟も、最後の灯火に賭けてリスクを犯す覚悟もなかった。

相馬監督は、戦力的に他に比べ、どうしても見劣りするチームを束ねてタイトルを目指すための覚悟も、そもそも日本のトップリーグで指揮を執る覚悟もできていなかった。

コーチ陣には、指揮官と対立することも辞さず、チームの改善を叫ぶ覚悟がなかった。
本当の意味で指揮官の力になること――そのための痛みを払う覚悟を固め切れなかった。

選手たちは、自らの窮状を訴え、現実を直視する覚悟がなかった。
ホーム等々力の地で無様な真似は見せない、この場所を蹂躙させはしないという、プロフットボーラーとして必要不可欠な覚悟も足りていなかった。


そして、それを許容してしまった、我々サポーターの問題も……
言わずもがな、である。


川崎には、どのセクションにも明確な長短がある。

それはいい。
むしろ、ハッキリしていることを前向きに受け止められる。

現在、世界最強と称される、あのバルセロナにだって短所はあるし、今季無念にもJ2へと降格していった、山形や福岡にだって、間違いなく誇ってよい長所があるのだ。
真の意味で完璧な集団とは、決してこの世に存在しないものである。

問題は現在の体制が、
そうした各セクションの長所のうち、なるべく多くを生かし、短所を覆い隠す
、そういった状態になっていないことにある。

根幹部のマネジメントを司るフロントが、その責任を追求されるのは、筆者は当然のことと思うのだ。
逆説的にではあるが、彼らもまたプロとして、尊重しているからこそ……である。

にも関わらず、彼らの言い訳にせっせと耳を貸し、はい、はいと怠慢を許容し続けていけば、この先川崎の凋落には、一層の拍車がかかっていくだろう。


――そうだ。
最後に糾弾されるべきは、12番目の背番号を背中に抱く我々だ。


長かった当連載も、次回でようやく区切りを付けることになる。
ここまできた以上、皆様のご都合がよろしければ、どうか最後までお付き合い願いたい。

つづく

にほんブログ村 サッカーブログ 川崎フロンターレへ
   ↑  ↑ 
1日1クリック、いただけますと幸いです。
よろしくお願いします。

【2011/12/24 17:53】 | 川崎フロンターレなこと
トラックバック(0) |

ヴィトール切りの真相?
蹴球狂
今晩は。
いつも楽しく本ブログを拝見してます。又、貴兄の考えに同調する部分が大変多く感じてます。

小生が考えるに川崎のフロントはヴィトール切りというより代理人「テオ」切りでは思います。昨年、ヴィトールの中東移籍の話題も代理人のブラフと思われ今までの経緯から代理人とフロントとの信頼関係が崩れヴィトール更にはジュニ退団まで至ったのではと考えてます。勿論想像です。

レナトの代理人が誰か気になります。

確かに今のフロント特に庄子GMの仕事振りは残念の一言です。相馬監督の続投は、成績の悪化は言うに及ばず観客離れ、選手の離脱、サポート企業離れ等々負の連鎖は明白です。監督、フィジコ、コーチを含めた体制の再構築は必至と思います。

Re: ヴィトール切りの真相?
白面
随分遅くなってしまいまして申し訳ございません(´Д`;)

非常に興味深く読ませていただきました。
仮に、もし仮にですがそういう形で話が進んでいた場合、やはり自分はフロントに「甘い」をつきつけると思います。

代理人はなあなあではなく、ある意味では選手にまつわるお金を奪い合うライバル同士です。敵対者です。
能力に基づかない信頼はなく、誠意だけで関係が成り立つならこの業界、ここまでお金にまみれてません(苦笑)

そこら辺、日本の企業体質ならではの価値観が、当然フロンターレフロント側にはありますよね?
これは甘さとか無骨さとか、ポジティブにもネガティブにも判断できるところなのですが、自分はあくまで「特性」としてとらえています。

で、その特性が世界のフォーマットには合ってないのだろう、と感じます。

連中を満足させる、あるいは
「これ以上突っ込んでもこっちが損するだけか…」
と、蛮行を抑えさせるだけの交渉力、説得力が川崎フロント側にない、正確には「自分たちの価値観に反するような振る舞いはやりたくない」のではないかと。

修羅にならなければ強くはなれません。
オイルマネーを中心に、メルカートの体質、価値観が激変していることに、フロントは柔軟に対応・変化していってくれることを望んでいます。

> 今晩は。
> いつも楽しく本ブログを拝見してます。又、貴兄の考えに同調する部分が大変多く感じてます。
>
> 小生が考えるに川崎のフロントはヴィトール切りというより代理人「テオ」切りでは思います。昨年、ヴィトールの中東移籍の話題も代理人のブラフと思われ今までの経緯から代理人とフロントとの信頼関係が崩れヴィトール更にはジュニ退団まで至ったのではと考えてます。勿論想像です。
>
> レナトの代理人が誰か気になります。
>
> 確かに今のフロント特に庄子GMの仕事振りは残念の一言です。相馬監督の続投は、成績の悪化は言うに及ばず観客離れ、選手の離脱、サポート企業離れ等々負の連鎖は明白です。監督、フィジコ、コーチを含めた体制の再構築は必至と思います。


コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
ヴィトール切りの真相?
今晩は。
いつも楽しく本ブログを拝見してます。又、貴兄の考えに同調する部分が大変多く感じてます。

小生が考えるに川崎のフロントはヴィトール切りというより代理人「テオ」切りでは思います。昨年、ヴィトールの中東移籍の話題も代理人のブラフと思われ今までの経緯から代理人とフロントとの信頼関係が崩れヴィトール更にはジュニ退団まで至ったのではと考えてます。勿論想像です。

レナトの代理人が誰か気になります。

確かに今のフロント特に庄子GMの仕事振りは残念の一言です。相馬監督の続投は、成績の悪化は言うに及ばず観客離れ、選手の離脱、サポート企業離れ等々負の連鎖は明白です。監督、フィジコ、コーチを含めた体制の再構築は必至と思います。
2011/12/24(Sat) 19:45 | URL  | 蹴球狂 #-[ 編集]
Re: ヴィトール切りの真相?
随分遅くなってしまいまして申し訳ございません(´Д`;)

非常に興味深く読ませていただきました。
仮に、もし仮にですがそういう形で話が進んでいた場合、やはり自分はフロントに「甘い」をつきつけると思います。

代理人はなあなあではなく、ある意味では選手にまつわるお金を奪い合うライバル同士です。敵対者です。
能力に基づかない信頼はなく、誠意だけで関係が成り立つならこの業界、ここまでお金にまみれてません(苦笑)

そこら辺、日本の企業体質ならではの価値観が、当然フロンターレフロント側にはありますよね?
これは甘さとか無骨さとか、ポジティブにもネガティブにも判断できるところなのですが、自分はあくまで「特性」としてとらえています。

で、その特性が世界のフォーマットには合ってないのだろう、と感じます。

連中を満足させる、あるいは
「これ以上突っ込んでもこっちが損するだけか…」
と、蛮行を抑えさせるだけの交渉力、説得力が川崎フロント側にない、正確には「自分たちの価値観に反するような振る舞いはやりたくない」のではないかと。

修羅にならなければ強くはなれません。
オイルマネーを中心に、メルカートの体質、価値観が激変していることに、フロントは柔軟に対応・変化していってくれることを望んでいます。

> 今晩は。
> いつも楽しく本ブログを拝見してます。又、貴兄の考えに同調する部分が大変多く感じてます。
>
> 小生が考えるに川崎のフロントはヴィトール切りというより代理人「テオ」切りでは思います。昨年、ヴィトールの中東移籍の話題も代理人のブラフと思われ今までの経緯から代理人とフロントとの信頼関係が崩れヴィトール更にはジュニ退団まで至ったのではと考えてます。勿論想像です。
>
> レナトの代理人が誰か気になります。
>
> 確かに今のフロント特に庄子GMの仕事振りは残念の一言です。相馬監督の続投は、成績の悪化は言うに及ばず観客離れ、選手の離脱、サポート企業離れ等々負の連鎖は明白です。監督、フィジコ、コーチを含めた体制の再構築は必至と思います。
2011/12/30(Fri) 12:24 | URL  | 白面 #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。