インテルやカルチョに関する話題多め
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

さて・・・前回に引き続き、今回もサクサクいこうと思います。


問題です。

昨年のマリオ・バロテッリは19歳。
つまり、インテルに所属している間、プレーしている時間の大半を未成年として過ごしました。
 
監督であるモウリーニョは、彼を少年として扱うべきだったのでしょうか?

それとも、同年代の子供とは桁が違う、破格のサラリーをもらっている以上・・・責任ある立場の、一社会人として扱うべきだったのでしょうか?


この問題に、『正答』というものはありません。
皆さんが感じたことは、それがそのまま答となります。本当に十人十色、様々な思いを抱かれる方が多いのではないかと思いますが・・・

それでもあえて、一定の方向性で視点を区分けしてみることにしましょう。

まず、インテルサポという立場に立って、道理的に考えれば・・・
また、マリオと同じ年齢で社会人として、称賛に値する仕事をしている多くの人達のことを考えれば。

マリオ・バロテッリという一個人は、責任ある立場の、“インテル”という組織の一員として扱われるべきだったのだろうと思います。

例えばモウリーニョが彼に接する態度は、まったくその他大勢の選手相手と同じ性質のものでした。

能力はそこにあるそのままを、ありのままを監督の基準に照らし合わせて、客観的に評価する。
一方ではプロとして全力で、フットボールのために全てを注いで日々を過ごすことを求める。

モウのやり方はいつも通りです。まさに単純明快・・・
彼を『プロフェッショナル』として、最大限に尊重した振る舞いだったと言えるのではないでしょうか。


他方、自分は曲がりなりにも青少年の育成、教育に携わる仕事をしている身です。

その観点から言うなら・・・彼には、間違いなく支援が必要だったと思います。
そして彼の起こした様々な問題や、その背景を考察していくと、現在サッカー界が抱えている、ある種の問題点までもが浮かび上がってくる。これは決して、マリオ・バロテッリという一人の若者に限ったケースではないと感じるのです。

読んでいただいている皆さんにとっては、あまり面白い内容にはならないと思いますが
一つか二つぐらい、こんな趣味ブログがあってもいいじゃないかと考えやってみます(笑)


そういうわけで今回のテーマは、一社会人として見た場合のマリオ・バロテッリです。

言い訳無用。言語道断な振る舞いの数々

この観点から見れば、彼は完全にプロ失格です。猛省すべきこと余りあるものがあります。

プロのフットボール選手とは、サラリーを支払う代わりにチームという企業の目的、ビジョンのために全力を尽くすことを義務付けられた存在。
マリオの場合はインテルだったわけですが・・・彼はこのチームと契約を結んだ時点で、一人のプロフェッショナルとして扱われることになります。

言ってみれば企業人であり、社会人です。
この点で、彼には以後どんな言い訳も、自分なりの都合も通用しません。


毎日のメニューというのは、言うならば会社の運営方針、事業内容も同義です。

それに逆らうということは、サラリーを受け取る権利を放棄するということ。
あるいは更に、罰金その他の罰則を受け入れる覚悟をしてでも、自らの訴えを主張する覚悟がない限りは、正統性を主張できない行為です。

当たり前の話ですよね。

雇用者側が不当に契約者の私的財産である肉体を酷使したり、プライベートの時間を圧迫、もしくは侵害する場合は、自らの権利を主張することはできます。
ですが、その訴えは雇用者側が「ノルマ」と課した職務を果たした、もしくは果たそうとした上で、初めて正当性を持つものです。

契約時にそのノルマを確認していなかったとしたら、もしくは雇用者側の尺度、意見を十分に加味しないままに契約を結んだのだとすれば、それはそれでまた雇用される側の失態。
しかも今回の場合、マリオ以外のほとんどの人間・・・選手、監督他スタッフ、マスコミ(モウとは明確な対立関係にあったイタリアの各種メディアですら、この問題に関してはほとんどがマリオの行動を問題視するスタンスを取った)、ファンが・・・言わばフットボールに関わる全ての人たちの、大多数が彼の行動を批判したわけです。

大多数のフットボールファンが、彼の行動を批判した。

その意味を、彼は考えなければなりません。


この点は、声を大にして言っておくべきでしょう。
需要があるからこそ、供給がある。
チームの、ひいてはその国の協会、UEFAやFIFAといった広域運営組織に収益をもたらしてくれる多くのフットボールファンがいるからこそ、選手という職は成り立つのだと。

無論フットボーラーという職種が、通常の会社員や公務員などとは、勤務体系で大きく異なるという点は考慮します。
しかしながら・・・そういったものを差し引いても、マリオの言動は完全にリミットオーバーでした。
ほとんど全ての関係者が、非と言ったのですから、

つまり、その言動は論外ということです。


大胆不敵、傲岸不遜、倒行逆施・・・プロのフットボーラーという観点から見れば、マリオの言動は間違いなく非難されて然るべきレベルにあった

ピッチ上では恐れ知らずの、傲岸不遜でもいい。
時にフロントと、時に監督コーチと、時に選手同士で、意見をぶつけ合うようなこともあっていい。
戦う集団として、一人の社会人として、それは当然の権利。

ですが、フットボールそのものと、ファンへのリスペクトだけは失ってはいけません。

その点で、マリオはあまりにも傲慢です。

練習も何もせずとも、チームメイトの意思がわかり、意思を伝える術があり、常に最高のプレーを見せられるというのであれば、練習に参加せずとも何ら問題はありません。

ですが・・・それは神でもなければ不可能なこと。
人である以上、より技術を磨き、体を鍛え、コンディションを整えた方が、100%いい結果が出せるわけですから、そこにはどんなエクスキューズも通用しません。

彼は、現実を見据えなければいけません。実際には、そうはなっていなかったのですから。

好不調の波が激しく、万人を時に唸らせられるパフォーマンスを見せることはあっても、常に納得させられる動きを見せられているわけではない。

それでは、真の超一流とは認められません。

自ら
「世界最高の選手になりたい。バロンドールが欲しいんだ」

と公言している以上、それは尚更のこと――

なら、相応のことをやってみろ。

できないうちからがたがた騒ぐな。

本人だけが「世界最高のフットボーラー」と思い込んで自称しているだけなら、それはただの自己満足・自己陶酔。
あるいは誇大妄想狂でしょう。

自分が望む方法、信じる道筋で本当に世界最高のフットボーラーになれるのであれば、それはそれで構いません。
けれど、それでは世界は認めてくれない。

普段の練習態度、インタビューの受け答え、人間性まで含めてバロンドールの尺度というのは決められることは・・・どうかわかってもらいたいのです。


・・・不肖、自分も彼を愛し、成長と活躍を祈るファンの一人。
モウ曰く、

「プロとして当たり前のこと」

とは、いったいどういうものなのか?

それをどうか、これから学んでいって欲しいと思います。
マンチョの元へ、イタリアというあまりに国内が騒がしすぎる国を離れて、純粋にフットボールに専念できる環境のイングランドに渡ったことが、どうか様々な面でプラスに作用してくれることを願うばかりです。


※ 日本ブログ村の、ランキングに参加しています。下部のセリエAバナーを 1クリックいただけると、個人的にすごく励みになります。
にほんブログ村 サッカーブログ セリエAへ

【2010/09/27 23:32】 | その他特定選手に関すること
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。