インテルやカルチョに関する話題多め
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更新は 忘れた頃に やってくる 

という訳で、久方ぶりの手記になる。
今回はとある事情で、知人から

なんで最終ラインって下げたらいけないの?

と質問を受けたのだが、いちいちチャットで説明するのが面倒なので、いっそ記事形式で伝えようという、至極いい加減な理由が発端だったりする。



率直に言えば、当ブログの主旨からは随分外れたというか、本来筆者自身は戦術的なことにさほど興味はないもので、些かやりづらさはあるのだが……
夏の新刊に向け、一種のリハビリも兼ねて綴ってみることにした。

ブラジルワールドカップを来年に控えているということもあって、最近は筆者の周囲でも、いよいよ代表に関する話題が盛んだ。
当ブログにも少なく無い数の方が、サムライブルーにちなんだ記事をお目当てにいらっしゃる機会も増えている。

そんなわけで、ものは試しである。
識者の皆様方は語弊や間違い、突っ込みどころ等あっても、笑顔で流していただきたい(笑)

ではつらつらと始めよう。

◎本日のテーマ:守る側が一番困る状況について

まず、フットボールの大前提をおさらいすることから始めよう。
最終ラインの位置取り以前に、ここを押さえなければ、話が先に進まない。

端的に言って、守る側にとって一番困る状況は、

ゴールからできるだけ近い位置で、守る側よりも攻める側の人数が多い

状況である。極論すれば、

この状況で、相手選手がボールを保持している時を指す。
相手はまさにボールをゴールへ向けて、コロコロと蹴り転がすだけでいいわけだ。絶体絶命という他ない。

しかし、実際にはこんな局面は、守る側がミスを犯さない限りは起こり得ない。
極論中の極論である。

現実的にあり得る状況は、

ゴールマウス付近のGKと、相手選手が、ペナルティエリア内で1vs1。DFは誰もいない

というシチュエーションである。
図解にすると、こういうことになる↓


これでも困る。間違いなく困る。

この状況、上手い選手なら確実にゴールを決める。この状況で決められない選手は、他のどのチャンスでも潰してしまいかねない、それだけ決定的なシチュエーションだ。
守る側にしてみれば、GKが退場を覚悟で相手選手を倒すか、DFが大急ぎで戻ってきて、やはり退場を覚悟で背後から足でもかけるしかない。
守る側にしてみれば、絶対に生じさせてはならない状況と言える。

この時、GKに一番近い所にいるDFのいる位置から、ゴールラインに並行にラインを引くと、このような図解となる。


この紫色の線が、いわゆる『最終ライン』である。
この最終ラインよりも後ろのスペースに、ボールを持った相手の侵入を許してはならない。
相手がボールに触れることができる、そういう状況を作りだしてはならないのだ。

では、本日のまとめである。

仕組み①:守る側は最終ラインの背後に、ボールを持った相手選手の侵入を許してはならない。
補足:それがペナルティエリア内だと、尚始末が悪い


ということだ。

まずこのことを念頭に置きつつ、次回から最終ラインのメカニズムについて、必要最低限の約束事を確認していこう。



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【2013/07/03 00:27】 | タクティカル
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先にまず一件ご報告を。

このたび相互リンクをいただいたTomさんの描かれた、あまりにも素晴らしいジョゼ・モウリーニョ像をご覧頂きたい。



※ 画像クリックで詳細リンクへ飛びます。

――如何だろうか。
自分などは見事に過ぎて、瞬間息をするのを忘れてしまったほどだった。
朝の電車に乗り損ねかけたほどだった(苦笑)


先方は本来、フットボールに特化したイラストレーターではない(それどころか、欧州フットボールを専門に趣向されるような方でもない)。
モウリーニョに関しても、筆者のように粘着質に、執拗に追いかけていることはないそうである(苦笑)
サイトの方も非常に遊び心に富んだ内容で、フットボールファン以外の方でも楽しめること請け合いの素晴らしい空間となっている。
是非一度ご訪問いただければ、筆者としても非常に喜ばしいところだ。


しかし・・・

それにしてもデフォルメ化は元来、写実画などに比べて非常にセンスの問われる、難しいジャンルと聞く。
それをこの完成度で描ききるとは!

ジョゼ・モウリーニョの端々まで特徴を捉えた、見事なイラストと感服する他ない。
まさに慧眼、ここに極まれりである(冗談抜きに)。

ご存じの通り、筆者は自他共に認めるモウリニスタだ。
そんな自分が、こうして自身のサイトでの紹介を許されたこと、相互リンクをいただけた名誉について、ひたすらに恐縮する他ない。


・・・一瞬だけ素に戻って言うと、本当に嬉しかったです。
色んなストレスがバーっと吹っ飛ぶぐらいには(笑)

いや嬉しかったなぁ・・・ほんまに感謝です(*´人`)



――さて。

本来であれば、エイプリルフールにつき何か気の利いたネタでも用意すべきだったかもしれない。
ミラノダービー直前につき、徹底して思いのたけを書き連ねるべきだったのかもしれない。

しかし、どうにも興が向かなかった。

前者にはその余裕がなく(苦笑)、後者については逆に時間に対して書きたいことが多すぎること、更に試合後の方が書けることが厳選できることを考え、今回は見合わせることにした。

久々にこちら、インテリスタ仲間であるGMの皆さんと共にリアルタイム観戦となるこの試合。
無論、必勝態勢で臨みはするが・・・

今回お話しするのは、そういったフットボール雑誌ぜんとしたテーマではない。
もう少し生身の白面自身、感情的な内容だ。


○システム=答えと勘違いしている日本のスポーツメディア

のっけから物騒な書き出しだが、別段日本のマスコミ諸兄をここで批判するつもりはない。
メディアに関する自説は、以前こちらで取り上げた通りだ。
自分にとってメディアは、以前述べた以上の意味を持たないものであることに変わりはない。

ただし、それに付け加えて言うとすれば、日本のスポーツメディアはあまりに短絡的に過ぎる。

無論メディアのもたらす情報を選択し嗜食する、我々大衆の好み、傾向によってメディア自体が今のように育ってきたことも確かだが、それにしてもさも

自分たちは一流です!情報発信のプロフェッショナルですから!

・・・と言わんばかりの態度と活動には、筆者自身が進んで関わりたくないと願っていても、少なからず影響を受けてしまうものだ。
そのたび、自分はこの国のスポーツメディアの現状を憂う。


先日の日本代表vsJリーグ選抜試合の後、複数のフットボールファンから以下のような言葉をかけられた。

ねえねえ、3-4-3って攻撃的なシステムなんでしょ?

DFラインに3人しか置かないで、FW3人も使うんだってね。随分攻撃的になったなあ代表も









違う。




その認識は間違っている。

3-4-3を使うから攻撃的なのではない。
3-4-3を使うことが、つまり攻撃的に振舞うということにはまったくならない。

ただちになんとも収まりの悪い苛立ちを抱えていた自分が、通勤途中に電車の中で見たのが

攻撃的3-4-3お披露目!日本代表の新境地!!

・・・的な、とある新聞の見出しだったわけだ。
瞬間、どっと疲れを感じたものである/ ,' 3  `ヽーっ




先にも述べた通り、すべてをメディアのせいにする気はない。
今回の記事などはまさに、一種の八つ当たりに近いもので、その意味でむしろスポーツメディアの皆様には心からお詫び申し上げたい気持ちも一方ではあるほどだ(苦笑)

他方、そろそろ

このシステムを使う=攻撃的、守備的

のような論調は控えていただきたい――
というのが、偽りなき本音であることも事実である。


システムはあくまでシステムに過ぎない。
システムが意思を持つことはない。

システムそのものが攻撃性を発揮するわけでも、また守備的に振舞おうとすることもない。

主役はどこまでもプレイヤーだ。
実際にボールを蹴り、ピッチ上を駆けまわる選手たち自身だ。

強いて言うなら・・・

このシステムは~~的に“機能させるのに都合がいい”性質を持っている

とでも言うべきか。


●攻撃的か守備的かを決めるのは人間

突然だが質問しよう。

そもそも攻撃的、守備的といったこの形容詞――
両者の識別、判断を、あなたは何を基準にして行うのだろうか?

ポゼッション?
ゴール数?
個人技に優れたタレントの絶対数?

さて、何人の方がすんなりと淀みなく、論理的基準をこの場で口にすることができるだろうか・・・?



――失礼。戯れが過ぎたようだ(笑)

非礼をお許し願いたい。
何もここであれやこれやと意地悪を重ねるつもりはなく、純粋に好奇心からの発問である。

しかし実際、回答に困る人は少なくないのではないだろうか?

我々は日々、驚くほど曖昧な基準でフットボールに関わっている。
筆者のようにいちいちしち面倒臭い、論理的な解釈を付け加えることなく、純粋にフットボールを楽しんでいらっしゃる方であれば、そもそもこのテーマ自体が無意味なものではあるのだが・・・

これも本格的に語り出すと、延々一週間二週間と時間がかかってしまいそうな題材ではある。
ただまあ、今回は細かいことは割合することにしようw
差し当たって今必要な情報は、

攻撃的か守備的かを示す基準のひとつに、間違いなく選手のメンタリティのあり方が挙げられる

という点だ。

例えばバルセロナで有名な4-3-3、ザッケローニが今回お披露目した(筆者にとって、同システムの第一人者、即座に思い浮かぶ心の指揮官はジャン・ピエロ・ガスペリーニだが・・・ちなみに彼は、筆者にとってジョゼ・モウリーニョに次いで、世界で2番目に敬愛してやまない監督だ)3-4-3にしても、ブラジル的な華麗なる個人技の発揮を念頭に置いた4-2-2-2でも――

すべてのシステムの大前提として、選手がどんなシステムで戦おうと、

ゴールに向かおうとしない限り、決して『攻撃的なチーム』とはならない"

はずだ。
ポジショニングバランスを取るのに苦心して、結局選手の多くが試合時間の大半を自陣で過ごすような展開になったらどうする?
これをどうやって「攻撃的」などと言うのか!


繰り返し恐縮だが、すべてのシステムとは構造上、

「~~のように振舞うのに都合がいい

というだけのものだ。

4-3-3であれば必然、マイボールからポゼッションを機能させやすくなる特徴があり、4-3-1-2は縦へのボール運びがスムーズになりやすく、4-3-2-1は守備的に振る舞い

やすくなる

。それは否定しない。

ただし・・・
そういった特性もまた、一般的に言われている特性、構造上そう“なりやすい”というだけで、ただちにチームの方向性を定めるものでは断じてない。
4-3-2-1でも迫力ある攻撃を機能させることは勿論可能だし、4-3-3で徹底したリトリートによる、守備的なリアクションフットボールを行うことも不可能ではないのだ(効率的に遂行できるかどうかは、また別の問題である)。

同時にシステムとは、ポジションごとに選手を当てはめ、指揮官が規定した通りの動きを強要するようなものであってはならない。
無論可能ではあるが、極めて非効率的と言えるだろう。

指揮官の理想と、そこにいる選手の実態。
リーグの特性、クラブに対しサポーターが求めているもの。

そうした諸々の事情を汲み、最終的に最も効率がよい道は何か?
最適解は何か・・・?

それを探した末に、土台となるシステムが生じ得る。そこに在る。

システムとはそれだけのものだ。


例えば、ジョゼ・モウリーニョのコメントを見るがいい。
彼はすべてのシステムについて、

「こういった理由からこのシステムを使った」

「このような意図があって、システムを変更した」

という発言に終始している。

どれそれのシステムは攻撃的だ、守備的だ・・・
などと、システムごとに攻守の感情を設定することはない。

元々「チーム原則」にはこだわりを見せるものの、システムはあくまでその場その場で変化するものという考えを公言している彼が言うと、なんとも説得力があるではないか。

ガスペリーニの3-4-3に対しては、

ラジカル

という表現をしている。
間違っても、「攻撃的」などという的外れた発言は出てこない。

その上で彼のチーム(2008-2009シーズンのジェノア)を、非常に機能的で、完成度が高いものであると、モウリーニョには珍しい賞賛の言葉を述べたのだ。
ガスペリーニ本人に対しても、「偉大な指揮官だ」とリスペクトを惜しまなかったものだ。





重要なのは攻撃と守備、ボールを保持した場面と失った場面において、チームが

機能しているかどうか

だ。
少なくとも自分にとっては、それが絶対の真実と言えるだろう。


・・・さて。

スポーツメディアの記者の皆様は、それをわかった上で、大衆の目を引きつけるためにあえて冒頭のような表現をしてるのだろうか?
それとも――?


その答え合わせは、今後の代表に関する報道を見ながら判断していくことにしよう。

また、3-4-3の具体的な機能性、現代表チームとの相性などについては、いずれまた然るべき時に取り上げたいと思う。
ただし、少なくとも現時点でこれだけは言っておこう。

完璧に機能させることが極めて難しい、非常に特徴的なシステムである

と。。

<了>

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反響がある分だけ、自分もやる気が出ますもので(苦笑)



・・・それにしても今回の更新、素の自分とテキストライターな自分が、あやふやな境界線上で行ったり来たりでした(´・ω・`)
疲れてるのかなぁ。いつものを楽しみにされてた方、申し訳ございませんですorz


【2011/04/01 20:56】 | タクティカル
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こんばんは♪
きゃぷ10
そうですね!
システムは選手たちの特徴からバランスを見極めて
配置した結果なんですよね。
代表の場合はまだまだ未完成なので
ディフェンスに負担がかかってる。
点は取っているものの実はまだ
攻撃に厚みはないんですよね。
そういった場面で修正を繰り返していくうちに
完成度が増していくんですよね!

うちはDFの選手が1対1に強いのと
サイドバックのオーバーラップが
あまり機能してないので
3-4-3に興味ありですがww
今は4-3-2-1です。
(3ボランチ 2サイド 1トップです)



No title
ガッピル
イラストいいですね。こんなイラスト書きたい。

確かに日本では3-4-3なんてフォメ珍しいから
マスコミにとっては新鮮で大題的に書きやすいのかもしれないですね。
日本のメディアの悪いところですね。ゴールシーンばかり映すのもそうです。

でザックの3-4-3に関してはどうなんだろう。
クラブチームでさえ中々3-4-3で成功しているチームが少ないのに代表で出来るものなのか?しかも現日本代表の力で。疑問を感じます。

ただし新しい戦術を勉強する為にもオプションぐらいにはして見せて欲しいですね。

いろんな日本代表を見るのも楽しみがふくらみます。

No title
Ryo
同感です。
モウリーニョのチェルシーとライカールトのバルサが対戦したときも、両者は表記上は同じ「4-3-3」でしたが、戦い方はまるで違ったものでしたね。

代表で「3-4-3」を機能させるのは難しいと思います。ただ貴重なオプションとして戦い方の幅を増やせればいいな…とは思います。

No title
通りすがり
最近、よく読ませて頂いてます。普段はコーチング業を傍らでやっているものです。確かにマスメディアは安易に表現し過ぎなところはあります。フォーメーションについては多種多様、システム構築の仕方で攻撃守備比重はいかようにも変えられます。しかしながら突き詰めていけば統計的にもそれぞれ似たよう特性に辿り着きますから343が攻撃的と判断される事もあながち間違いではありません。ましてやザッケローニが用いるのであれば過去のウディネーゼ、ミランを思い起こす人がいて必然。ですからある程度の指標として攻撃的、守備的と評価することには否定する程でもないかと。長文失礼

ほーぅ
岩氏
相変わらずごもっともな納得論(笑)
さすがb

確かに最終的には『機能するかしないか』になるでしょうね。ただ、少し思ったのはそれは指揮官側の考え方かな?とは思ったかな・・・いや、岩氏はゲームレベルで色々考えてやったからそう思っただけで(笑)

何をやりたいか?・・・でその為にはどういう配置にするか?とかどの選手が適正か?コンディションはどうか?とかそういうところですよね。でもって結果的に攻撃に偏ったバランスになったりならなかったり。

マスメディアがどこまで解釈しているかは不明ですが、少なくとも自分ら素人サッカーファンが捉える時には、指揮官のそこに至るまでを無視して結果だけ捉えてしまうから、攻撃的とか守備的とかいう言い方になっちゃうのかな?と。むしろそのレベルしか言いようが無いかも(笑)


うーん。ってか何が言いたいか解らんくなってきた(笑)
ラジカルの意味を調べたら混乱!

No title
golazo
 試合における選手の振る舞い方が全てだと思っているので(そこに至るまでの監督の存在も含めて)、こういう報道は気にするにも値しないと今まで華麗にスルーしていました。
 ただ、白面さん仰るとおり改めて考えてみると、論議するに時間のかかる意外と深い問題だなぁと。難しいですね笑


 ガスペッリーニと巡り会えなかった自分にとって、今年のナポリは非常に貴重な存在でした。攻撃的3-4-3ってどんなもんじゃいと。
 
 残念ながら私は最近のサッカー界において、一試合通じて3バックを保っていられるチームを未だ見たことがありません。今年のナポリもそれに違わず、状況に応じて最終ラインをスライドさせたりして上手く対応していました。はっきり言って強かった。
 
 なので、ガスペッリーニジェノアがどのような存在だったか非常に興味があります。ナポリのような存在だったのか、将又別の姿だったのか。簡単な所感でも伺えたら嬉しいです。

おおぅ!?
白面
コメントありがとうございます・・・って多っ!?

予想外の反響にびっくりです。
やはりTom絵の影響でしょうか・・・ありがたやー(拝)

>きゃぷ10さん

まさに仰る通り・・・
連携は一日にしてならず、です(笑)

わかります、わかりますw
チームの構成にベストな布陣を考えるのって、楽しいですよね!
自分があれこれ考える時、気にするのはやっぱり決定的なフィニッシャーがいるかどうかかなぁ・・・?
いればそれに応じた、いなければそれを埋める布陣を頭に描きます。
どんなチームを見ていてもw

>ガッピルさん

ですよね!!(笑)
自分なんか絵心皆無なもので(学生時代、美術の成績は常に5段階評価で2か3ですよ・・・とほほ(´;ω;`))、本当感心感動しきりでしたw

以前「メディア論」でも語ったことなのですが、自分にとってあくまでメディアは『現象』なので、後は好みがあるだけ。
今回のはその意味で自分の好みではないなぁ、ということを書き殴っただけの内容です(苦笑)

3-4-3は勿論、蓋を開けてみないとわからない部分も多々あるのですが・・・
システムの理解が難しく、前回お話しした「脳」に負担がかかり過ぎるのが最大の難点と思います。
加えて言うなら、グループリーグから始まり決勝トーナメントへと繋がる、長丁場を戦うには不向きなシステムなのが気がかり・・・

と、続きはいずれ代表論の時にでもお話し致します。

>Ryoさん

まあ、大衆向けメディアの場合、ある程度わかりやすくぱっと見で
「おお、こんなチームなのか!」
・・・とイメージさせないとならない部分はあるので、ある程度仕方がないと理解はしているのです。
他方、そのままじゃひとつ上の段階には、日本のフットボールは辿り着けませんよ、ですから自分は嫌いです・・・
と、好き嫌いを書き殴ったのみ。今回のはそういう記事です(苦笑)

自分の場合、システムはそれこそなんでもよいのですが・・・
ちゃんと機能させられなければ、他に明確に
「こちらの方が向いてないか?」
と感じるものがあれば忌避はします。
ザックのお手並み拝見ですw

>通りすがりさん

おお!?
こんな場末の素人blogにお越しくださいまして、恐縮です;;
えらい恥ずかしいorz
ご訪問とコメント、ありがとうございます。

以前「メディア論」で述べたことや、今回の文中にもある通り、その必要性や理屈はわからないではないのですが――自分の好みではない、という感じですねw
周囲から同意を求められるたび、いやそうじゃない自分の考えはこうなんだ・・・と説明するのが億劫で( ´・ω・)

まあ、冒頭で言った通りの"八つ当たり"なのです(苦笑)
今回の更新は、完全に私的な事情。好みの話題ということでご容赦ください(;・∀・)

自分の好みは
「ザッケローニは3-4-3を用い、チームを攻撃的に機能させようとしている」
、みたいな表現になります。
「3-4-3は攻撃的、だからザッケローニも攻撃的」
というのは好まない、と・・・

微妙なニュアンスの違いなのですが、その微妙なさじ加減の違いが大衆の元では大きく姿を変えて、自分に影響が出てくる。
返す返すもその八つ当たりなのです(笑)

それにしても・・・流石と言うか、非常に明確で明瞭な考え方をされますね。
普段共に過ごされている、選手や子供たちは幸せに違いないと感じました。
これからも頑張ってください!

>岩氏さん

単純に屁理屈捏ねるのばっかり上手くなっただけですよ(苦笑)
中身はない(爆)

バランス、っていう言葉はものすごく好きですね。
自分があれこれ考える時も、いつもバランスっていう言葉、概念は頭の中で大きな位置を占めています。

ラジカルに関してはここを読むといいかも(笑)
『ラディカル』という言葉の使い方について
→ http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1742068.html

>golazoさん

自分自身はスルーなのですが、他の方への返信にもある通り・・・
回り回って自分にまで影響が及んでくるので、ちょっと文句を言ってやりたくなった。
今回のはそういう更新でございました(苦笑)

自分の中でむしろ興味深いのは、
「何が攻撃的で、何が守備的なのか?」
という話題の方ですね。
思考を突き詰めれば突き詰るほど難しい。
一応の定義は自分の中ではありますが、これほど重要なことがこれほど曖昧な定義のまま語られている、というのは驚きです。
・・・と、また書きたいことが増えていきます(笑)

マッツァーリのナポリもそうなのですが、ガスペリーニの率いたジェノアの最大の特徴は、選手一人ひとりがチームにおける自身の役割を実によく理解していることですね。
仰るとおり、3バックの構造的欠陥である左右奥のスペースを攻略されないため、一人ひとりが自分がどういう状況下においてどんなタスクをこなせばいいのか、極めて高いレベルで理解して動けていた。それが最大の特徴です。

ナポリと比較すると、攻撃的MFやCBが“かぶせる”“入れ替わる”ような形での攻撃参加が多く、よりポジションチェンジによるスペースの攻略で、相手の守備網に綻びを生じさせようとする意識が強かったように思います。
『線』で動くスペシャリスト、ディエゴ・ミリートという傑出した点取り屋の

“スペースを生み出し、見つけ出し、そこに潜り込む能力”

を、これ以上ないほどに引き出していた。
勿論2009-2010のインテルにおける活躍も見事でしたが、ミリートを十全に機能させたという点では、決して引けを取らない完成度を誇っていましたよ!

そのガスペリーニですが、一説では来シーズン、パレルモ辺りの指揮官に就任するという話があります。
自分は彼が再びカルチョの舞台に上がる日を心待ちにしている一人なので、このニュースは信ぴょう性がわからずとも、どうしても期待してしまっているのです(笑)
指揮官の望む選手と時間さえ与えれば、必ず何かをやってくれる監督と思っています!


ふぅ・・・
返信だけで1時間かかるとか、これだけで一回の更新分ぐらい今回は皆さんのご指摘、ご意見の内容が濃かったです(汗)
流石だなぁw

No title
KKGT-R
3-4-3の賛否は別として
よく、あの3人にやらせたなと。
普通にJ見てる人なら
オシムの薫陶受けた阿部ちゃん使うだろうと。
槇野だって広島でやってる訳ですから。

だから 先日の試合は開始早々、
「花試合」と割り切って見ました。

No title
junchang
システム云々よりも、「攻撃的」か「守備的」かの論争においてはかつてイタリアでも花が咲いていた時代がありましたね^^
僕も以前ネタにした事があったのですが、堅守速攻と攻撃的な対比において今のサッカーでは純粋な比較は不可能であるだろうとたわごとらせていただいたことがありました。
僕の中での「攻撃的」なスタイルというのは「守備を省みずに点を獲ることに特化する」スタイルで、極端に攻撃が大好きな選手ばかりを集めて「2点取られれば3点取れば良い」というスタイルのチームが「攻撃的」であって、その際のシステムは関係ないんですよね^^

82年W杯時のセレソンと、ズデネク・ゼーマンが率いたラッツィオがそれに近かったような記憶があります。

すみません。遅らばせながらのコメントで少々(大分?)支離滅裂になってしまいました^^

反響が予想外(汗)
白面
>KKGT-Rさん

コメントどもです!

ですよね~・・・まあ、過去他の監督にもわりかし似たようなことはあったので、自分も一種の名刺がわりと思っています(笑)

>junchangさん

そうですね、バランスはひとつ大きな指針になりそうな気がします!
後はトランジションの速度、相手陣内に送り込む人数、ペナルティエリア内にボールを持ち込んでからのシュート率・・・
探せば本当にきりがなさそうです(笑)

ベネデク・ゼーマンは噂には聞いております・・・
なんだかそれはもう、アクの強いイタリアでも一際異彩を放っていた方らしいですね!
気になりますw

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明朝のインテルvsバイエルン戦を控え、本日は更新ラッシュでお届けする予定でいる。
ただし、本稿は前菜どころか蛇足になりかねない内容なので、インテルに直接関係の深い記事だけが読みたい方はわざわざお目を通されるほどのものではない。
後にあげる予定の、「白面ならこう臨む~」部分を読み飛ばしていただければ、それで充分だろう。

その点、あらかじめお断りした上で、今晩の話を始めようと思う。


(1)当サイトにおける戦術論の位置づけ

まずお断りしておきたいのは、戦術的な考察に、自分はあまり興味を持っていない・・・ということ。
日頃ご訪問いただいている皆さまにとっては、意外に思われるかもしれないが真実だ。

基本的に筆者は、戦略面はともかく、戦術面では指揮官ごとの特性、趣味趣向を最大限尊重する形を取っている。

100人いれば95人は犯さないような過ちを、何故このレベルの戦いで・・・!?

・・・という類の、誰の目にも明らかな失敗、筆舌にし難いレベルのミスであれば、見るに耐えかねて意見することもある。
が、基本的にはほぼすべての監督のアプローチを、極力肯定的に捉えるよう日々努めているつもりである。

何故か。
ひとつはまず、自身が素人であることを自覚しているからだ。

ジョゼ・モウリーニョの戦いを追うことでフットボールを学び始めた筆者は、試合というのはマネジメントの局地的な集結点と考えている。
至極おおまかにまとめると、

・選手の事情
・チーム的な事情(連携、スケジュール他多数)
・相手の事情(スカウティング他)

あたりになるか。
しかし実際には、それぞれその中に膨大な情報が内包されているわけであって、一口にこれはこう、とまとめきれるものではない。


その上でこの時、自分たちにどれほどのことがわかるのかを考えてみると、驚くほど与えられた材料が少ないことに気がつくだろう。

①はそもそも、直接選手と接しているわけでもない我々に、本当の意味でわかるわけがない。
コンディショニングの難しさ、重要性は、以前こちらで語らせていただいた通りである。
その正確な情報の把握なくして、特に故障明けの選手、疲労がたまっている選手に関し

この試合は誰それを起用すべきだった~

と口を挟むことは難しい。

筆者の場合、報道を鵜呑みにする気がまったくないため、間接的に出てくる選手の負傷・回復のニュースも話半分程度でしか摂取できない。
それ自体が相手チームへの揺さぶり、情報戦であるケースもままある。
クラブのオフィシャルメディアであっても、その意味でむしろ情報の操作は行いやすいことになるわけで、その意味でこれを材料に、指揮に意見することは抵抗を感じるのである。

選手は生ものだ。駒ではない。

そのことを我々は、常に頭に置いて行動しなければならない。

最も大きな影響を及ぼす要因である、練習の内容からして不明瞭なのだ。
試合直前の準備をどのように、また何を目的として取り組んだのか?
これもわからないまま試合だけを見、先のように起用法や戦術について注文・クレームをつけるのは、筆者の感覚からすれば恐れ多いことになる。

時には具体的な材料を出して采配を批判することもあるが、これは先にも述べた通り、およそプロ失格とみなせる類の致命的なミスを犯している場合に限られる。



②もそうだ。
①とも密接に関係してくることだが、チーム内の連携、システム・約束事といったものは、
複数の試合を長期間(少なくとも1~2カ月以上)注視し、ようやくある程度輪郭が掴めてくる、という類のものである。

暫定的な「この試合に関して言えば」の評価であれば、1試合ごとに下せるかもしれない。
他方、筆者が戦術的なマネジメントというテーマについて、

長きに渡って効果を発揮、継続して一定の結果(良し悪し関係なしに)を出し続けた上で

初めて評価対象としての存在意義を得ることができると考えている以上、“試合”というひとつの終着点に至るまでの過程が見えない、わからない中で言及する機会はほとんど生じえないということだ。
例えるなら、

目の前の料理を食しても、その場で即時「よい料理」「悪い料理」と判断することはできない。

材料の出所、栄養素、コスト、調理法、必要とされる手間暇や料理人の技量・・・
その他あらゆる要素を加味した上で、総合的に考えて初めて「よい」「悪い」という評価は与えられる。


細かな事情を何も知らずに口にしても、筆者に言えるのは「自分の好みか、そうでないか」だけ。

これを調理した者に対しては、美味か不味いかという評価は与えられても、

その調理法は素晴らしいor間違っている!

など、自分が全容を把握できていない部分に対して評価を与えることはできない


という感じだろうか。

その戦い方が、好みかそうでないかには言及できる。
しかし「正しいか間違っているか」を、自分のイメージだけで語ることは生理的に受け付けない・・・というのが、最も的を射た説明になるかと思う。


当然、個人のパフォーマンスだけを切り取っての評価は、多く意味をなさないものとなる。
例えばリオネル・メッシ、クリスティアーノ・ロナウド、ウェイン・ルーニー・・・
今をときめくメガクラックたちが、どれほど破壊的なパフォーマンスを披露していようと、それが

チームの中の一人

という単位として機能していない場合は、即刻取り除かれて然るべきだ。

典型的な例で言えば――
日本人プレイヤーが積極的にボールに関与した、日頃スタメンで出場している~~よりも動きがよかった、などという報道がこの国ではよくなされる。

・・・はっw

まったく噴飯ものだ。新聞を売るための措置にしてもセンスがない。

重要なのは1プレイヤーの動きではない。
チームの中で、彼人がどのように機能しているかだ。
爆発的な運動量を誇っていても、強力無比な突破力を持っていても、どのような武器を持っていても連動制を欠いて動けば、その分だけチームに悪影響が出ることになる。

例えば、ウイングやサイドバックが前がかりになりすぎて帰陣・プレッシング等が遅れれば、その尻拭いをすべくカバーリングに回る中盤の選手が、本来必要ない場面で労働を要求されることになる。
そうなれば、その分だけ中盤のパスワーク・足回りが低下することになり、同時にチーム全体のポジショニングに綻びも生じやすくなる。

チームの暗黙の了解を破っての行動ともなれば、精神的な悪影響が出ることも必至だ。
輪を乱す選手は、味方からの信頼が得られず孤立する。
どれだけ破格のメガクラックであっても、たった一人では何もできずに消耗していくのがフットボールのサガである。

一人だけが10点満点で、残り10人が5点では話にならない。
一見して調子が悪く、毎試合のプレイが5~6点程度に見えても、残り10人を7~8点で稼働させるために必要な部分を押さえてプレイしているのだとすれば、その選手は間違いなく優秀なフットボーラーと呼ぶことができる。

フットボーラーに対する評価とは、

チームという集団の中でどのように機能しているのか

、常にこの点に沿って行われるのが正しいことと思うのだ。

言わんや、チームという単位においては・・・
少なくとも白面という書き手は、いわゆるマッチレポート、事後評価という形での言及には慎重にならざるを得ない。

イメージだけでも語ることのできる、「私の理想のチーム論」などの場合は問題ない。
僕の考えた最強スタメン」もいいだろう。
愛嬌を感じられる程度の内容であれば、例えそれが荒唐無稽な妄想であっても、少なくとも暇つぶしの娯楽程度には楽しんでいただけると思うからだ。

しかし、試合へのアプローチと結果、その全容が見えない中で、部分的に戦術面だけを切り出して批判・批評を加えるのだけはいただけない。

“マネジメント”の信奉者

として、1と9以外の2~8を知らずに10を語るというのは、あまりにも抵抗が強すぎるのである。
知人との語らい、与太話程度であればまったく問題ないのだが、皆さまに文章化してお届けするに足るものではない。

よって、自分がこういったマッチレポート的な記事を書く機会が今後あるとすれば、

「どんなリスクを支払ってでも、これは書かねばならない。訴え(あるいは糾弾)なければいけない

と感じた時に限られるだろう。
義憤、使命感・・・絶対の自信を持ってお送りできる題材、すなわち

指揮官が戦術レベルではなく“戦略レベル”の致命的な失敗を犯し、その結果として落としてはならない試合をチームが落としているような場合

を除いて、断片的な情報だけを元に戦術面での考察を加えることは控えている――というわけだ。

勿論、一定の推論に基づいた考察は可能であるし、先の条件下であれば、個人個人のパフォーマンスに限定してその状態に言及することもできる(実際に当サイトでは、何度か行っている)。

とは言え、ああせい、こうせい、このようにすべき・・・
という類の戦術提言は、先にも述べた通り、純粋に筆者の趣向にも合わない。

これまで何度か、拍手コメント等で、マッチレポートの作成を希望された方がいらっしゃった。

しかし上記理由から、当サイトではそれがほとんど期待できないこと――
その旨、謝罪の意と共にこの場を借りてお伝え申し上げる次第である。



閑話休題。
翻って、残った最後の要因③に関してのみ、私たちはある程度ながら、実際に試合に臨む者に近づくことができる。


スカウティング。


これこそ唯一無二、専門家だろうが素人だろうが、万人に共通して与えられた、客観的な試合の準備と言えるのではないか。
その対象は特定個人しかり、応援しているクラブ然り、対戦相手然り・・・である。

特に相手チームの事情は、スパイでも放っていない限り、試合を見て判断する他ない。
現地観戦ができるorできないといった部分や、練習を公開しているチームであれば偵察が可能かどうかといった差はあるかもしれないが、少なくとも①や②に比べれば、情報は格段にオープンな状態にある。
観察眼や知識、環境の違いがあっても、

一定以上に客観的な情報を素に

思考・判断した結果を述べるという点で、異なる複数の見解にもそれぞれ、一定の信憑性が生まれるというわけだ。


こうした背景が故に、筆者は過去、事あるごとにスカウティングの重要性を強調してきた次第である。
よって当サイトで行われる戦術提言の多くは、一人称視点で見る側は

チームとして取られているプラン・大まかな方向性に基づき、現時点で最も効果的な試合の準備

は何か?
これを探るのが合理的と感じる。
自分の中のイメージでは、

戦略的視点から戦術を語る

という具合である。

一方、相手チームについては、

相手が意図して機能させようとしている、パターン化された特定の動きについて、そのメカニズムを検証した上で、

どうすればそれを無力化できるのか?


という点に主軸を置いて行うのが、最も理に叶った戦術論となるのではないだろうか。
少なくとも筆者が安心して、皆さまにお送りすることのできる話題であると言える。

続く

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【2011/02/23 20:09】 | タクティカル
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○トップ下の役割の多様化

さて・・・
唐突ですが今回は、現代フットボールにおけるトップ下の役割について解説していきましょう。


過去数十年において、トップ下に位置する選手は、皆『10番』でした。

高い展開力とボールスキル、突破力、シュート力、状況判断力・・・
攻撃に必要な能力のほぼすべてが求められる、チームの花形的存在。

「キャプテン翼」
を見て育った世代にとっては、絶対的なポジションだったように思えます(笑)

マラドーナやジーコ、プラティニに代表されるように、
全ての攻撃は彼らを通して始まり、彼らの手でアイデアを付与されていった。
ほんの10年ちょっと前まで、これは当たり前に行われていたことです。

ですが、現代フットボールにおいては、トップ下に位置する選手が、必ずしもこの
『10番』
のタスクを背負うわけではなくなっています。

むしろ昔ながらの守備をほとんどせず、
反面、チームにクオリティを与え、フィニッシュに絡むような古典的な

『10番』

は、今ではほとんどお目にかかることができません。
"クラシカル"な「タイプ」は存在しても、"クラシカルそのもの"な『10番』は、もはや絶滅危惧種と言えます。

最大の理由は、この10年余りの間にフットボールの急速な戦術化が進み、
『10番』をチームに組み込むことが、どこのチームでも困難になってきているからです。

特に守備をしないタイプの・・・一例を挙げると、現ミランのロナウジーニョなどは、守備をしないトップ下の典型的なケースですね。
持ち前のファンタジーアで試合を決めてしまうこともあれば、一方で何の役にも立てず、途中交代を命じられる試合も増えてきてしまっているロニー。。。

この一事を取ってみても、守備をしない、攻撃の全権を特定個人に委ねるような戦術が時代に合わなくなってきていること。
その一端が、垣間見える気がします。

この10年でトップ下の役割は、『10番』全盛から新たな局面へ移行したと言えるのではないでしょうか。


例えば、ACミラン所属時代のカカーは、かつてのいわゆる『10番』のイメージとは、いささか以上に異なるタイプのトップ下でした。

高いボールスキルに周囲との連携を使い分けて相手を翻弄、

スピード感抜群のオフザボールの動きでピッチ内を狭しと駆け回り、

自ら突破を仕掛けてはシュートを放ち、

相手の注意を引きつけてはフリーの味方にパスを供給し、

隙を見せればミドルシュートでゴールを狙う――

と、圧倒的な攻撃性を周囲に見せ付けていたものの、その性質はむしろMFというよりFWに近いもの。
その驚異的な攻撃力と突破力を考えるに、時代が違えば間違いなくストライカーと見なされていたはずです。

KAKA_1~1
全盛期のカカーは、チームの戦術そのものを彼に合わせたものにせざるを得ないほどの存在感を放っていた。彼を有していた頃のミランは、攻撃の体系別に言えば間違いなく『個人のために周囲が働く』タイプのチームだった。

カカーという選手は、従来の10番に比べ、シャドーストライカー的な性格を極端に先鋭化させた、極めて特殊なトップ下でした。
逆に、だからこそ繋ぎ役の性格が強いタスクを求められた昨季のRマドリーでは、満足のいく結果を残せなかったとも言えますが・・・まあ、そこは今は置いておきます。

とかく彼は、FW並かそれ以上の得点力を持った、

『矛(ほこ)』

として破格のポテンシャルを誇ったトップ下と評することができます。
現代フットボールでは、毎回のようにボールがトップ下を経由し、『10番』が攻撃を組み立てるようなチームは、
すっかり稀少価値の高いものになってきているわけです。


●そこで一計を案じてみた

さて・・・

『矛』が許されるのであれば、『盾』も許されてよいはず。
皆さんも、そうは思いませんか?


あまりにも短絡的、単純明快に過ぎる思考なことは承知しております。

他方、トップ下にFW
――この場合はイタリアでいうところの「セカンダプンタ(セカンドトップのこと)」――
に近しい役割を与えることが許されるのであれば、

「じゃあ、守備重視の布陣でインコントリスタ(守備的MF)の役目を負わせてもいいってことじゃない?」

と考えたのが3年ほど前。
ちょうどカカー有するミランが、カルチョスキャンダルで揺れるイタリアに、まさかのビッグイヤーをもたらした年のことです。


その時は、あくまで漠然とした思いつきに過ぎなかったのですが・・・

今回はこの発想の元、

『盾としてのトップ下』

、この役割にムンタリを当てはめてみようと考えました。


はい。
前置きがえらい長かったですが、ようはムンタリの有効活用案その(2)の前振りになりますw

ただ・・・続きはまた明日か、週末にでも。
こちらのニュース↓

ムンタリ、肉離れでダービー欠場


を見たら、割とがっくりきてしまって・・・
どんだけ巡り合わせが悪いんだこの人(ノ◇≦。)
・・・とインテル。これはもう野戦病院というレベルじゃないです(苦笑)

まずはブレシア戦までに、なんとか中盤の体裁が保てる状態になっていますよ~に・・・!

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【2010/11/04 22:05】 | タクティカル
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こんばんは☆
JUNxxx
キャプテン翼、懐かしいですね♪
僕もしっかり影響受けて一時サッカー部でしたから(笑)
大好きな岬くんに近づきたかったんですが、ゴールキーパーでした^^;
思ったより現実は厳しかったです☆

おお・・・コメありがとうございます!
白面
>JUNxxxさん

まさかコメをいただけるとは思っておらず・・・いやはや、恐縮しきりですv-356

おこんばんは!

自分も同じようなもので、中学時代だけサッカー部だったです。
部で一番下手な、とにかく走力だけが取り柄の・・・どこかのポジションというより、なんかもうスタミナ担当でした(苦笑)。
サブの中でも一番格下のやつですw

それでも、あの頃の思い出はそれはそれで今の自分を形成してくれるひとつの要因になっているので、
最近は思い出すとそれなりにほんわかな気分になれます!w

キャプテン翼では、早田のカミソリっぷりが好きでした。
松山も結構・・・ってなんか地味キャラばっかりですね(笑)

No title
sini
こんばんは。いつもゆーやさんのところにお邪魔させて頂いているスパーズファンの者です。初めましてよろしくお願いします。


ムンタリさん、相当お好きなんですね。笑
個人的にはポンペイでペドロ・メンデスの補助を受けながら躍動していた彼には衝撃を覚えたものでしたが……。

フィジカル的な強さのイメージが先行しているためにムンタリはエッシェン的な使われ方をインテルやウディネでは受けがちですが、あのダイナミズムやキック精度はもっと前でこそ生きるもの、というふうに思っています。
レドナップを賛美したいわけではありませんが、ディオップやメンデスやデイヴィスが守備を担い、攻撃はムンタリが担当していた0708シーズンポンペイ的な布陣は、ちょうどそんな感じだったんじゃないかなぁ、と。
ムンタリトップ下は個人的には全然アリだと思います。
プレイのダイナミズムだけならスナイデルに一番近いものがあるんじゃないでしょうか。やってみなきゃわかりませんが。笑



最後に、話題を変えて申し訳ありませんが、白面さんにインテルやジョゼに関連してのリクエスト……というかぜひお聞きしたいことなのですが、
機会があればぜひ一度、リカルド・クアレスマについてお聞かせ頂きたいです。個人的には大好きな選手でしたので……
インテルファンの方の目からどのように見えていたのか、インテルで馴染むにあたって彼が直面した壁が何だったのか、ジョゼが彼に求めつつも叶わなかったものは何だったのか……いずれもし機会があったら、白面さん的な分析をぜひお聞かせください。100年後でも構いませんので。笑

>siniさん
白面
はじめまして!

おこんばんはv-280
間接的に何度か、ゆ~やさんの処でコメントを拝見させていただく機会はあったのですが、個人的にお話できるのは初めてですね。

ムンタリとハリーの関係に関しては、自分も同じような感想を抱いてますw
一番ムンタリの効果的な使い方を心得ている、といった印象ですね・・・

今のスパーズに行っても出番はないと思いますが、一方でプレミアが彼の特性を最も有効に生かせるリーグのひとつであろう、という認識自体は変わってないです。


おお・・・!
その種のリクエストは、常時大歓迎で受付中なのです(笑)

承りました。
一~二週間以内にまとめられるよう、努力することをお約束させていただきます!

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・個人技依存型の場合

特定選手の突出した能力、個人技やアイデアに、
攻撃のルールそのものを丸投げしてしまおう・・・というやり方です。

これだけ聞くとネガティブな印象を受けがちですが、メンバーによってはこれが最も効果的に攻撃力を高められる場合もあります。


例えば、メガクラックをいつの時代も複数有してきたような、ブラジルやアルゼンチンなどの場合。

こうした南米系選手は、攻撃にルール、制約を設けられることを嫌う選手が少なくありません。

無論、まったく制約なしとする場合は、近年では少なくなってきていますが・・・
「ルール」ではなく、「現象」を重視する布陣を敷ける監督がいれば、特異な攻撃を見せることが可能となるケースもあります。

特にブラジル代表は、ロナウジーニョ、ロビーニョ、かつてのロナウド(太っちょだったり、ダイゴロウだったりする方です。笑)など・・・
戦術的な自由を与えて、とにかくゴールを決めることに専念させてこそ、持ち味を発揮する選手が少なからずいるわけです。


典型的な個人技依存、フリーダムな攻撃布陣を採用していたのが2006年W杯のブラジル。このチームが戦術的秩序の欠如から敗退を余儀なくされたように、複数人で攻撃するチームがこの方法を取ることは非常にリスキーと言える。

よって、自然と歴代のブラジル代表には、こうしたチームが多くなっています。

現在の欧州シーンでは、厳密にはこのカテゴリに属するとは言えませんが・・・
例えばACミランなどは一定の戦術性を持ち合わせつつも、かなりこうした傾向の強いチームになっていると言えるでしょう。
何より、個人能力を極限まで高めることを念頭においたチーム作りとその取り組み(ミランラボの設立)などが、その傾向を顕著に表しています。


また、守備を徹底して重視する戦術を敷いておいて、攻撃を特定個人に依存するというケースは、世界中で少なくありません。
特にカルチョでは、カテゴリーが下がっていくに従って、必然的にこうしたチームが増えていく傾向が見られます。

この方法はビッグクラブよりも、必然的に中小クラブに多くなるのが特徴です。

強力な選手を複数抱えている名門に比べて、苦しいやりくりを強いられるだけに、

「しっかり守ってのカウンター→とにかく、後は必殺仕事人に任せるよ」

というスタイルを取るチームが、どうしても増えてしまうためです。

まず失点をしないことが前提、次いで少ない人数でうまいこと得点をあげたら首尾よく逃げきることを目的とする・・・
そもそもイタリア代表、ナショナルチームですらかつてはこの傾向が強かったのですから、クラブシーンでもこうしたチームが増えないはずもありません(苦笑)


この方法で攻撃を行う場合、個人重視のそれと比べると、
大きな特徴として、オフザボールの動きが少なくなりがちなこと。

また、人数のバランスこそ異なれど、何かと攻守分業になりやすいことが挙げられます。

1人ないし複数の選手は、基本的に攻撃に専念。
残った選手が守備に専念・・・といったチームの多くが、自分の中ではこのカテゴリに当てはまります。


4回に渡って紹介してきてみましたが、いかがでしたでしょうか?

昨日、バランス型について原稿を書き進めているうちに気がついたのですが・・・
自分の中では、

「まず監督が、どういうスタイルを目指しているのか。実際のチームは、どういう状態にあるのか」

が、選別の一番のポイントになっているような気がします。


バルセロナなどはその典型で、ジョゼップ・グラルディオラその人の理想は、何をどう考えても組織型でしょう。
しかし現実のバルサは、バランス型に近しい側面が多分にある。

それでも、最終的に監督が目指しているフットボールスタイルの究極系が組織型にあり、
かつ選手たちも状況を見つつ自身の個人技を発揮することはあっても、決して利己的なプレーに走ろうとしない(と言うより、今のバルサではそういうプレーに走ることが“許されない”)姿勢が、選別の決定的な基準となっています。


皆さまご贔屓のチーム、あるいは実際に自身でボールを蹴って楽しんでいる場合は自身のチームは、どのパターンに該当するのでしょうか。

お時間空きました時にでも、ふと考えてみるのも一興かもしれませんw


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【2010/10/30 07:35】 | タクティカル
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